第5部 ふたたび日本で そして25周年
(2005年1月〜2005年8月)
36)整備 2005
  2004年12月末に日本に帰任した私は、MGBのメンテナンス項目のリストアップをはじめました。 メンテナンスは、週末や祝祭日の自由時間に行ないますが、食材や日用品のショッピングにもMGBを使うので「週末は終日MGBの整備」ではありません。
  「新年の挨拶まわり」や「お彼岸の墓参り」もMGBで出かけるので、整備ができない日もあります。 検討の結果、3月末まで12回の週末を使う予定表が完成しました。 2005年の目標「クラシックカーイベントへの参加」は、早くても4月の見込みです。   
ヘッドライトや補助灯の装着 オイルや冷却水の交換と配線
(2005年2月)
それにグリースアップなどは 自宅でできる作業です
(2005年2月)
自宅ガレージAH◎N
自宅ガレージKH◎K
  1980年式のMGB(KH◎K)のメンテナンス項目は、冷却ファン用リレー配線の引きなおし、固着したサーモスタットの交換、冷却水の交換、エンジンオイルの交換、フロントサスペンションのグリースアップ。
  1974年式(AH◎N)は、スターターモーターの交換、メーター照明用バルブ交換、スピードメーターケーブルの交換、パーキングブレーキの調整、点火時期の調整、ブレーキフルードの補充、エンジンオイルの交換、フロントサスペンションのグリースアップ。 さらにジャッキアップポイントと三角窓付け根のパネル補強が必要でした。
三角窓付け根の補強
(2005年3月)
ジャッキアップポイントの補強
(2005年3月)
AH◎N
AH◎N
  1974年式のMGB(AH◎N)は、センターロック式ワイヤーホイールやルーカススリーポイントヘッドライトと補助灯、トランクリッドのラゲッジラックも装着予定です。 もちろんタイヤローテーションと空気圧の調整、センターロックとハブのグリースアップは、2台とも必要です。 家族とMGBを日本に残し、台湾に赴任。 2年の空白期間を一気に挽回するかのような作業項目の多さに、我ながら驚きました。 
ヘッドライトをルーカスのスリーポイントに
(2005年1月)
次にドライビングライトを装着
(2005年1月)
ヘッドライトと補助灯はルーカス
(2005年1月)
MGB
MGB
MGB

スチールホイールをワイヤーホイールに交換
(2005年2月)
ワイヤーホイールはセンターロックです
(2005年3月)
トランクリッドにキャリアを装着
(2005年3月)
MGB
MGB
MGB
  これらの項目を自宅でできる軽整備、末弟の助けと整備工場の設備が必要な整備、板金工場にお願いする修理に分類します。 分類した項目をカレンダーにプロットしたものが、1月から3月まで都合12回の週末を使う「MGBお手入れ計画」です。 これに従って作業をすすめて、ほぼ予定どおり3月26日(土)27日(日)に2台のMGBのメンテナンスを、完了することができました。
  予想外のトラブルは1件だけでした。 1974年式のMGB(AH◎N)のエンジンとトランスミッションを固定するブラケットから走行中にゴトゴト異音がしたのですが、劣化したラバーブッシュを2cm厚の板ゴムをカットした自家製ブッシュに交換して解決しました。
MGBの再整備は3月末に完了
(2005年3月)
桜が開花しオープンカーの季節が到来
(2005年3月)
SUシングル
SUシングル
  こうして2台のMGBの整備は3月末に完了し、4月初旬には東京や横浜でも桜の開花がはじまり、オープンカーで快適にドライブができる季節になりました。 ところが家内は花粉症。
家内は花粉症で 春先の外出はとてもつらそうです
(2005年3月)
家内は花粉症


37)ウッディパーク鹿沼ステージ 2005
  2005年4月24日(日)に開催されたウッディパーク鹿沼ステージ2005に1974年式のMGB(AH◎N)で参加しました。 
スタートゲート
(2005年4月)
MGB
  タイムラリー形式のイベントにエントリーできること自体うれしかったのですが、イベントの主催者や運営に参画された鹿沼市とルート沿道の方々にとても感激しました。 沿道で応援していただいた方々やコースの要所要所で安全を確保してくださった主催者の方々には、手を振り会釈でご挨拶。
エントリーゼッケンは91
(2005年4月)
ナビゲーターは家内です
(2005年4月)
ミスコースをして順位は92位
(2005年4月)
MGB
MGB
MGB
  そして驚いたことに、信号待ちの交差点で声をかけてくださる方々。 かわいい子供たちとの握手やスナップ写真の撮影。 お互いに初対面ですが信号が変わるまでの短い時間、ごく自然に言葉を交わすことができました。
  自動車をキーワードとする出会いとふれあいのすばらしい1日でした。
モーガン
(2005年4月)
ベントレー 4 1/4リッター ダービー
(2005年4月)
ヒーレー シルバーストン Dタイプ
(2005年4月)
MGB
MGB
MGB
  ラフェスタミッレミリア2004のゴール以来久しぶりに堺正章さんを間近に見て、家内は大満足。 堺正章さんはジローラモさんをナビゲーターに1955年式のアルファロメオでエントリー。 見事1位でゴールされました。 副賞として園芸用で有名な「かぬま土」1トンが堺/ジローラモチームに贈呈されました。 
スタート式典での堺正章さん
小林彰太郎さんや日本ロールス・ロイス&ベントレーオーナーズ
クラブのメンバーほか錚々たる皆さんがエントリー
(2005年4月)
MGB



38)長野ノスタルジックカーフェスティバル 2005   2005年4月29日(金)から3日間にわたって開催された長野ノスタルジックカーフェスティバルに1980年式のMGB(KH◎K)で参加しました。 会場は長野オリンピックを契機に建設された室内アイスリンクの、エムウエーブです。
エントリーブースはA14
(2005年4月)
MGB
   オーナーが日頃から手をかけて長年維持してきた車が日本各地から集まりました。 北は秋田県や南は大分県から長距離を自走しての参加です。
  子供のころからあこがれていた日産フェアレディ2000(しかもめずらしい左ハンドルの輸出仕様)や、なつかしいトヨタスポーツ800を間近に見ることができました。 日産ブルバードクーペSSS(KP510)やトヨタセリカ2000GTほか、自動車好きのオーナーの方々とも知り合いになれた魅力あるイベントでした。
  さらに来場者からワイヤーホイールの掃除方法のヒントをいただいたり、ミニクーパーに「シビエのダブル反射」を装着されていた方や、MGに以前乗られていた方の思い出話をうかがったりもしました。
         
あこがれのSR311
なんとめずらしい左ハンドル車
(2005年5月)
トヨペットコロナ
長野放送賞受賞!おめでとうございます
(2005年5月)
セリカ2000GTリフトバック
遠距離賞受賞!おめでとうございます
(2005年5月)
MGB
MGB
MGB
  MGBは比較的部品が入手しやすいモデルですが、1960年代や1970年代の国産車の場合は新品が入手できないこともあるので、部品をリビルドしたり特注したりするという苦労話もうかがいました。 部品を入手することができない場合や突然故障した場合の苦労は相当なものだと思いますが、みなさん本当に楽しそうに話されます。
    
長野市内のパレードに
後ろはスカイラインGT−R
(2005年4月)
助手席には家内
(2005年4月)                   
善光寺の参道
ミスコースはしませんでした
(2005年4月)
MGB
MGB
MGB
  「車種やメーカーは違っても車好きの人たちの思いはみんな同じだなぁ。」と、あらためて実感した3日間でした。


39)峠の茶屋 2005
  関東地方の梅雨入りは平年より2日遅い6月10日でしたが、降水量が少ないまま6月28日には東京で正午前の気温が36.2度を記録、なんと42年ぶりに6月の最高気温を更新したとの報道がありました。 神奈川県の海老名市では正午の気温37.5度、横浜も6月とは思えないほど暑い日が続くので、暑気払いに出かけました。 目的地は伊豆の冷川。 「峠の茶屋」で、蕎麦を楽しもうというものです。
西湘バイパスのパーキング 梅雨なのに真夏のような景色
(2005年6月)
湘南は快晴ですが 箱根は雲がかかりはじめています
(2005年6月)
MGB
MGB
  横浜を出発し江ノ島を経由して西湘バイパスの大磯付近で休憩。 海の様子はすっかり真夏のようで梅雨のさなかとは思えない景色です。 湘南は快晴ですが、箱根の山に雲がかかる様子が見えます。 湿った空気が海風にのって山肌をかけのぼり冷えて雲になるのです。
   「きっと箱根は、涼しいよ。 たぶん霧のなかを走ることになる。」 小田原から国道1号線の旧道を芦ノ湖にのぼり、箱根峠をとおって十国峠に向かうと、予想どおり私たちは霧に包まれました。 クーラーも不要なぐらい涼しくて快適にドライブを楽しめます。 当然MGBのクーラーのスイッチはオフにして、高原の空気を車内にとりこみます。 
箱根峠や十国峠は霧 期待どおりの涼しさ
(2005年6月)
冷川にくだると予想どおり快晴
(2005年6月)
MGB
MGB
  山は雲がかかり霧でも、低地は快晴。 夏の伊豆半島へのツーリングはこれが魅力で、海水浴やバーベキューを楽しみ、暑くなったら涼をもとめて高原をドライブ。 涼しさを満喫したら、海岸に戻って露天風呂でリラックスというパターンを、享受することができます。 冷川にくだると予想どおり快晴でした。 十国峠や亀石峠ほどではありませんが、横浜に比べると冷川は充分に涼しく、さっそく「峠の茶屋」に席をとり蕎麦を注文しました。
頭髪も白く すっかり歳をとりました
(2005年6月)
見晴らしのよい窓側の席でした
(2005年6月)
家内
(2005年6月)
MGB
MGB
MGB
  伊豆半島には富士箱根の伏流水が湧き出している場所があり、冷川はわさびの産地として有名です。 「峠の茶屋」でもわさびは自分ですりおろして蕎麦の薬味にします。 窓から外の風景をみながら畳敷きの部屋で摂る昼食は、蒸し暑い横浜の日々から私たちを解放し、のどかな田園風景のなかでゆったりとした時間を、提供してくれました。
「峠の茶屋」の窓からの風景
(2005年6月)
「峠の茶屋」の水車小屋
(2005年6月)
MGB MGB
  昼食をはさんで充分に休憩し「峠の茶屋」を出発、亀石峠に駆けのぼり涼んだのち山をくだり網代でアジの干物を購入し、暑さから逃げるようにしてふたたび山をのぼり帰途につきます。 十国峠、箱根峠から湖尻にぬけ長尾峠をこえて御殿場へ。 さらに籠坂峠をこえて山中湖へ。 山中湖から道志をとおり、宮が瀬と厚木を経由して横浜に戻りました。


40)北海道ツーリング 2005
  1974年式のMGB(AH◎N)で北海道ツーリングに行きました。 往路は十和田湖や奥入瀬渓谷を見物し八戸からフェリーで苫小牧に上陸するというルートです。
十和田湖畔
(2005年8月)
奥入瀬渓谷
(2005年8月)
八戸フェリーターミナル
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  復路は室蘭から八戸までフェリー、八戸から東北自動車道を南下し日光を経由して軽井沢で2泊。 清里の清泉寮でアイスクリームを食べてから横浜に戻りました。
室蘭フェリーターミナル
(2005年8月)
旧軽井沢の教会
(2005年8月)
清泉寮
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  北海道の初日は上陸地の苫小牧から留萌に移動し稚内まで日本海側を北上、次に宗谷岬からオホーツク海側を佐呂間まで南下し、美幌峠を越えて屈斜路湖畔で宿泊。
苫前
(2005年8月)
稚内港ドーム
(2005年8月)
宗谷岬
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  北海道2日目は神の子池、摩周湖、阿寒湖を見物しながら三国峠を越え旭川から美瑛へ、そして富良野で宿泊。 
神の子池
(2005年8月)
霧で見えない摩周湖
(2005年8月)
阿寒アイヌコタン
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  北海道3日目は富良野から夕張を経由して岩見沢、札幌をとおり小樽で宿泊。 
美瑛
(2005年8月)
美瑛
(2005年8月)
中富良野
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  北海道4日目は定山渓から中山峠、広島峠、オロフレ峠を越えて登別を経由し、室蘭からフェリーで北海道を離れました。
  北海道内1746kmと本州1957kmを走行し、北海道で3泊、軽井沢で2泊、フェリー2泊、合計7泊8日のツーリングでした。
小樽
(2005年8月)
ちきう岬
(2005年8月)
室蘭
(2005年8月)
MGB
MGB
MGB
  2002年には1980年式、2005年は1974年式のMGBで家内と2人、都合2回の北海道ツーリングを経験しました。 往路は横浜から青森や八戸まで復路は八戸から軽井沢を経由して横浜まで、高速道路を90〜110km/hで巡航しました。 この程度の速度ならば定速で長時間走行した場合、エンジンやミッションほか駆動系への負荷はそれほど高いものではありません。 しかし私たちのMGBは年式があたらしいとはいえエンジン、足まわりやシャシーは1950年代末に設計された車です。 そう考えた場合「上手に設計され、丁寧に製造された車だ。」とあらためて感心します。
1980年式MGBで行った最初の北海道ツーリング
(2002年8月 美瑛駅)
2回目の北海道ツーリングは1974年式のMGB
(2005年8月 美瑛駅)
MGB
MGB
  MGBは日常の使用に充分な走行性能と耐久性をそなえており、専門家でない私でも基礎整備をおこなえる程度にシンプルなメカニズムの車です。 私の技量ではできないエンジンやトランスミッションのオーバーホール、ボディパネルの板金や塗装などは専門家にお願いします。 自分のできる範囲で手入れをしたMGBで長距離ツーリングに出かけるのは楽しいものです。 出発前にこれから走る予定の道路や風景を思いうかべると遠足前夜の小学生のようにワクワクしますし、無事に自宅に戻ったときは「次のツーリングはどこにしようかな。」と考えはじめます。     


41)25年を振り返って 1980〜2005
  1980年8月。 MGBに乗りはじめた当時は私も家内も20代でした。 まだまだお互いに若く世間知らずで恐いもの知らず。 平凡な人生は退屈で魅力のないように思えて刺激と変化にとんだドキドキ、ワクワクする毎日を夢見ていました。
1974年式MGB
(1982年8月 白樺高原 女神湖)
MGB
  そして2005年8月。 私は50代で白髪が目立つようになりました。 家内もそれなりに歳をかさね、長男と次男の身長は家内を追い越し私と肩を並べるまでになりました。
  25年間を振り返ると月並みな表現ではありますが「家族」と過ごす毎日は平凡なようでも実際は、新しい発見や驚きと戸惑いの日々でした。 太陽系の惑星のように家内、長男、次男、2台のMGB、そして私が思い思いの軌道を描いて廻っているのです。 しかしながら時としてふらふらと漂い接近したり離反したり、お互いに振り回されて右往左往したり、勝手に軌道をはずれて外に飛び出したり。 そのままバラバラになるように見えて、またもとに戻り軌道上を廻ります。
1980年式(左)と1974年式のMGB(右)
(2005年8月 自宅)
MGB
  あと数年で長男も次男も社会人として巣立ち、家庭を築くことでしょう。 「立派な社会人になって幸せな家庭をつくってほしいねぇ。」と、家内と茶飲み話をしている今日この頃です。
  「社会人の長男と次男が結婚したら家族は6人になるわね。」と家内。  「心配しなくても大丈夫だよ。 MGBをもう1台。 3台あれば6人乗れるぞ。」 3台目のMGBは車体色レッドだ。 赤、白、緑の3台でメキシコ国旗と同じだぁ。 赤のMGBのイニシャルなにかな?


スタートページに戻ります

インデックス

はじめに

第1部 MGBを入手するまで(〜1980年8月)

第2部 MGBとの生活(1980年9月〜1989年9月)

第3部 2台のMGB メキシコへ(1989年10月〜1998年9月)

第4部 日本へ それから台湾(1998年10月〜2004年12月)

第5部 ふたたび日本で そして25周年(2005年1月〜2005年8月)

第6部 新しい日々 今度は豊橋(2005年9月〜2005年12月)

第7部 めざせ26周年(2006年1月〜2006年8月)

第8部 2台あれば4人乗れます(2006年9月〜2006年12月)

第9部 みんなといっしょに横浜で(2007年1月〜2007年8月)

第10部 平穏な毎日(2007年9月〜2007年12月)

第11部 社会にでる子供たち(2008年1月〜2008年8月)

第12部 2人でふたたび(2008年9月〜2008年12月)

第13部 2台でふたたび(2009年1月〜2009年8月)

第14部 家族と2台(2009年9月〜2010年8月)

第15部 31年目のMGB(2010年9月〜2010年12月)

第16部 ドライバーの軽量化(2011年1月〜2011年8月)

第17部 めざせ32周年(2011年9月〜2012年8月)