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(2005年9月〜2005年12月) |
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42)長距離ツーリングの装備品 2005 2002年と2005年に家内とMGBで北海道ツーリングに出かけたのですが、なにぶん小さい車ですので積載量も限られ、持っていく装備を選別する必要があります。 また車齢も25年を越えていますので、予備の部品など相応の準備も必要です。 2005年8月に出かけた7泊8日の北海道ツーリングが、今までで最長・最遠のツーリングです。 ツーリングに持参する装備を撮影しようとリビングに集めたところ、その量の多さに家内も私も驚きました。 いつもは何回かに分けてMGBに積載していたので、はっきりとは自覚していなかったのです。 「こんなに沢山積めるのだろうか?」と絶句。 リビングに集めるだけで2人とも汗、汗、汗。 |
2005年にラゲッジキャリアをボルトオン (2005年8月 十和田) |
脱着式のスキーキャリア (2002年10月 北軽井沢) |
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長距離ツーリング専用の装備品です。 普段は車に積んでいません。 ・クーラーボックス(お土産やお弁当用でトランクキャリアが定位置) ・リュックサック2つ(衣類などをいれます トランクキャリアが定位置) ・ボディカバー(トランクキャリア上の荷物の雨天対策−完全防水にはなりません) ・ラゲッジネットとストラップ(トランクキャリア上の荷物の固縛用) ・旅行かばん(1泊旅行用のオーバーナイターでトランクルームが定位置) ・ピクニックブランケット(レジャーシートですが車の下にもぐるときも使います) ・折りたたみ式の椅子2つ ・作業着(車の下にもぐる修理が必要になったときに着ます) ・10リッターガソリン携行缶x2(2つで燃料タンク容量のほぼ半分に相当します) ・エンジンオイル4リッター(オイル交換1回分に相当する量です) ・オルタネーター ・イグニッションコイル ・ディストリビューターのポイントとコンデンサー ・クラッチレリーズシリンダー ・リアブレーキシリンダー ・アクセルワイヤー ・フューエルストレーナー 右下の画像が長距離ツーリングに持っていく装備品です。 |
中央のスペアタイヤは14インチ 並べてみると通常装備だけでもかなりの量です (2005年8月) |
赤い10リッター携行缶が2つ その右横は4リッターのエンジンオイル (2005年8月) |
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左上の画像はスペアタイヤやジャッキなど、常時搭載している装備品です。 ・消火器 ・牽引ロープ ・電装部品用工具箱 (市販の工具箱にスパークプラグ、電球、ヒューズ、絶縁テープ等を入れたもの) ・機械部品用工具箱 (市販の工具箱にスパナ、ドライバーやインチサイズボックスレンチ等を入れたもの) ・三角表示板 ・冷却水2リッター(LLCの容器を流用しています) ・エンジンオイル2リッター(1リッター缶x2) ・ブースターケーブル ・エアポンプ(タイヤに空気を入れる電磁式ポンプです) ・ハンドライト(電源を車載バッテリーから取る夜間作業用ライトです) ・スペアタイヤ ・ジャッキ ・スピンナーレンチ(センターロックのワイヤーホイール用のレンチです) ・トノカバー ・フードカバー ・トノボゥ 以上のすべてをMGBのトランクルームに収めることはできません。 座席のうしろのコンパートメントを使えば全部の荷物を搭載できますが、そうすると幌をたたんでオープンにする際に荷物が邪魔になりますし、脱いだジャケット類をリアコンパートメントに置くこともできなくなるので長距離ツーリングでは不便です。 |
(2005年8月) |
(2005年8月) |
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そこで、スキーキャリアやラゲッジラックをつかってクーラーボックスと2つのリュックサックをトランクリッドに搭載します。 荷物は左下の画像のようにラゲッジネットとストラップで固縛し、雨天対策用にボディカバーも積んでおきます。 ボディカバーは、完全防水ではありませんが、これでひとまず準備OK。 1974年式のMGB(AH◎N)にボルトオンのラゲッジキャリアを装着したので、25年使い続けた脱着式のスキーキャリアは2005年からホワイトのMGB(KH◎K)専用です。 |
(2005年8月 自宅 北海道ツーリング出発前) |
(2005年8月 室蘭フェリーターミナル 帰路) |
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過去25年間で最長のツーリングは、1974年式のMGBで行った2005年夏の北海道でした。 2人が7泊8日の旅行をするのに必要な手荷物と予備の部品や装備品をごらんのとおり搭載しています。 しかし荷重で車体のリアがしずみフロントがうきますので運転には注意が必要です。 2名が乗車するとさらにリアがしずむのでショックアブソーバーのボトミングを心配したのですが、未舗装路があった昔と異なり全行程が舗装路だったので大丈夫でした。
43)MGBとオーバーヒート 2005 きびしい残暑も峠をこして朝晩は涼しい季節になり、2台のMGBは絶好のドライブシーズンをむかえようとしています。 私たちのMGB(1974年式と1980年式)は3連ワイパーとラバーバンパーが特徴の後期型ですが、その基本構造は生産が開始された1962年式と変わりません。 もちろん、細かな違いはあります。 クランクシャフトが3ベアリングから5ベアリングに強化されたり、排気ガス対策の有無による違いはありますが、極論すればエンジン、サスペンション、ボディは1950年代後半の設計です。 「こんなに古い車で、無事に帰ってこられるのかい?」と、両親には心配をかけましたが、2002年と2005年の夏は家内と2人で北海道ツーリング。 往路は青森から函館、八戸から苫小牧、復路は室蘭から八戸がフェリーで、残りの行程は自走しました。 高速道路は90〜110km/hで巡航。 途中で軽井沢、日光、喜多方、十和田・奥入瀬にも立ち寄り、北海道と本州で合計約3600kmのツーリングでした。 長距離ツーリングだけではなく、毎週末のショッピングや近郊へのドライブにも、私たちはMGBを使っています。 整備の手はかかりますが、MGBは日常の使用に充分な走行性能と耐久性をそなえています。 |
この車を入手した1980年当時はラバーバンパーでした (1974年式 MGB 2005年8月 北海道 美瑛) |
基本構造は生産が始まった1962年式と同じです (1980年式MGB 2002年8月 北海道 美瑛) |
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「助かった! MGBはうまく造ってある!」と感心したことが何回かあります。 例えばオーバーヒート。 オーバーヒートした場合エンジンは停止します。 私たちのMGBはガソリンがベーパーロックをおこし、キャブレターから充分な混合気が燃焼室に供給されず、エンジン停止。 でもウオータージャケットは生きています。 電動ファンやラジエターを点検し応急処置をすれば、自走して自宅に帰ることが可能です。 シリンダーヘッドもシリンダーブロックも鋳鉄製だから、MGBのエンジンは持久力があるのです。 下の画像は1983年に、中央高速でオーバーヒートしたときのものです。 エンジンはストールしたものの、ウオータージャケットが無事だったので、表情に余裕があります。 高出力のスポーツカーや新しい設計の乗用車が採用しているアルミ合金のエンジンは、軽量で吹け上がりが良くて魅力的ですが、オーバーヒートした場合あっけないほど短時間で、ウオータージャケットが吹き抜けてしまいます。 冷却水が燃焼室に吸入されエンジンは、停止します。 こうして自走できなくなった苦い経験があります。 軽度の場合でも、シリンダーヘッドを外してガスケットを交換しウオータージャケットの水密性を回復する必要がありますし、重症の場合は、熱で歪んだシリンダーヘッドを砥ぎ出して、シリンダーブロックとの接合面を復元する必要があります。 専門技能と工具、設備が必要で素人の私が路肩で修理できるレベルではありません。 車はローダーで整備工場送りです。 |
原因はサーモスタットの固着 ウオータージャケットは無事 エンジンを冷やし サーモスタットを取り外し 給水 復活! (1974年式MGB 1983年8月 中央高速) |
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「オーバーヒートしたら自走できなくなるか、オーバーヒートしてもその場で自走するようにできるか」この違いはとても重要です。 「なにバカ言ってるの!」 オーバーヒートすること自体が大問題であり、最新式の車はオーバーヒートしないと家内は主張します。 つまりそんな車に乗りなさいという意味です。 「でもね、応急修理で自走できるか、ローダーで修理工場送りになるかの差は大きいけどなぁ。 ローダーで車をもっていかれたら僕たちどうやって家に帰る?」と指摘しても説得力は、まったくありません。 「故障が少なく安心して乗れる日本車」が高く評価される事実が、家内の主張の正当性を示します。 「整備していれば、簡単には故障しないよ。 故障しても自分でなおせるほうが愛着がわくってもんだよ。 最近の車のエンジンルーム見たかい。 きれいにデザインされてインナーカバーがついた車もあるんだよ。 オーナーが点検するのは水とオイルのレベルだけ。 ブレーキパッドの交換時期までインパネに表示する車もあるし、電子式の故障診断機能を搭載した車まである。 コンピューターにメンテナンスの要不要を教えてもらうなんて、僕はいやだよ。」 「自分で修理なんていう変なプライドは捨てて、最新式の車に乗ってメンテナンスはサービス工場にお願いしなさい。 プロにまかせれば安心だし、車の下にもぐって服を汚さなくても済むのよ。」とたたみかける家内。 「もぐるときは作業着を着る(下の画像でも着てるでしょ)。 服は汚れない。 汚れても最近の洗剤はどんな汚れでもおとす(と宣伝している)。」と反論しても家内には勝てません。 「・・・はい、わかりました。」 でも僕はMGBに乗るんだ。 |
道路脇でジャッキアップ 予備のポンプに交換中 これで修理完了と思ったのですが・・・ (1980年式MGB 2002年8月 北海道 札幌) |
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2002年の北海道ツーリングでは持参していた予備のポンプも作動不良でJAFのお世話になりました。 まったくの予想外のできごとでした。 でもおかげでJAFや整備工場の人たちの親切と思いやりにふれて、家内も私も感激しました。 「たしかに最新式の車に乗っていればトラブルもないだろう。 そのかわり2002年のような出会いもないのだよ。 そんなのさびしい人生とは思わないかい?」と私。 「思わない。」と家内。 トホホホホ・・・。 44)ヴェトロモンターニャ 2005 当初は家内と2人で参加する予定でした。 しかし「高野山にお参りしたい。」という母の希望をうけて家族で相談した結果、母と2人で参加する申請書を提出しました。 エントリーは1974年式のMGB(AH◎N)です。 75歳の母の体調を心配しましたが、幸いなにごともなく横浜から高野山まで往復2泊3日のツーリング。 車両展示、走行会やSS4分の1マイルのタイム計測。 ヴェトロモンターニャすべてのイベントに参加しました。 11月11日の夜半過ぎに自宅を出発し高野山金剛峯寺の駐車場をめざして東名高速を西に下りました。 ルートは東名、伊勢湾岸、東名阪、国道25号線、西名阪、阪和そして和歌山からは国道24号線と480号線。 11月12日9時30分集合場所の金剛峯寺に到着しました。 |
高野山金剛峯寺駐車場 参加車はアーチをとおり車両検査とエントリー受付を行ないます (2005年11月) |
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| 11月12日は16時30分まで参加車両の展示が行なわれます。 今年で開催14年目をむかえる恒例のイベントにふさわしく、沢山の人で賑わいました。 |
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| 私たちのエントリーナンバーは64。 ゼッケンをボディに貼り付け幌はたたんでオープン状態にし、持参したイーゼルにパネルを掲示して、車両展示の準備を済ませました。 |
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| 参加者にとって車両展示中は自由時間。 展示車を1台1台見た後は、母の希望どおり高野山のお寺を訪問することとしました。 まず最初に宝亀院で祖父母の供養をしていただいた後、金剛峯寺、三宝院、成福院、遍照光院ほかを訪れました。 木々はすっかり色づき、深まり行く秋の気配。 寺院や僧坊が続く町並みに、母も私も強い感銘をうけました。 |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
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| 車両展示中の自由時間を使って太陽が西に傾くまで思う存分町内を散策しました。 町の中に寺院がある京都、奈良、鎌倉と異なり寺院の敷地内に町があるのが高野町との説明をうけあらためて母も私も驚きました。 車両を金剛峯寺の駐車場において、参加者は僧坊に宿泊しました。 翌11月13日は、高野町から高野龍神スカイラインを白浜町までを走行するイベントがスタートします。 |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
透明ビニールを被せたオープンカー なにも被せないクーペもあります |
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| 天気は快晴。 気温は低く、MGBのボディカバーには霜が降りていました。 透明なビニールを被せただけのオープンカーや、ボディカバーもせずに朝までそのままだったセダンやクーペもあります。 「悪いことをする人などいませんよ。」 当然といえば当然のことです。 いたずらや盗難がないので、これといった警備もない。 しかし、そうでない世界を知る私は一抹の不安を感じました。 MGBはオープン状態でドアもトランクもノーロック、ボディカバーを被せただけで朝をむかえました。 朝日を浴びながらMGBの前に立った私は、前夜不安を感じた自分自身をとても恥ずかしく思いました。 |
ボディカバーに霜が降りています (2005年11月) |
ウインドシールドは霜で真っ白です (2005年11月) |
ウインドシールドの霜も消え暖機完了 (2005年11月) |
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スタートに備えて、各車とも点検に余念がありません。 昨日の展示会と異なり、緊張した雰囲気が駐車場に満ち溢れています。 ナイトラリーにしてもデイラリーにしても、最終整備点検と装備を確認するこの時間帯が、私はとても好きです。 これから走行するコースや風景、人との出会いや出来事に思いをはせながら、エンジンオイルや冷却液やブレーキ液のレベルを点検、ライトやランプ類とワイパーなどの作動確認。 スタートからゴールまでの期待に、胸が高鳴ります。 そして、エンジン始動。 |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
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| 中の橋駐車場に移動してドライバーズミーティング。 ルートの説明と注意事項、安全運転の模範となるようにとの大会事務局長からの話があり、交通安全の祈祷を受けた数珠が各ドライバーに配布されました。 スタートは8時30分。 先頭はゼッケン01の夏木陽介さんのジャガーSS100、ナビゲーターは山川健一さん。 |
ドライバー夏木陽介さん ナビゲーター山川健一さん (2005年11月) |
1974年式MGB(AH◎N) (2005年11月) |
サンバイザーのお守りは家内が選んだ 中華菓子「桃まんじゅう」のマスコット (2005年11月) |
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| 中の橋駐車場をスタートした後は、高野龍神スカイラインを走行し龍神村を経由して白浜町に向かいます。 太陽が昇るにつれて気温も上昇しますが、顔にあたる風は冷たくて、とても爽快です。 「オ−プンカーって、とても気持ちがいいねぇ。」と母。 |
とてもおいしい豚汁のサービス 私の手が震えピントが合いませんでした (2005年11月) |
関東甲信越の山々と比較すると 柔らかで優しい印象を受けました (2005年11月) |
木々の緑、黄、赤と 空の青、雲の白のコントラストが素敵 (2005年11月) |
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| 社会人駅伝大会が行なわれており沿道の人たちと一緒に駅伝のランナーを応援しなから龍神村をとおりぬけ、景勝地奇絶峡を経由して白浜にはいりました。 道路には椰子の木。 潮の香りが強くなります。 第1ステージのゴールは白浜町白良浜。 |
(2005年11月) |
(2005年11月) |
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| 白良浜で車両展示をしている間に、参加者は昼食を摂りました。 神奈川や伊豆の海岸は火山性の磯や砂浜が主流で砂の色はグレーが多いというのが私の印象です。 他方、白良浜はいわゆる「サンゴ礁の砂」を思わせるアイボリーでとても美しい砂浜でした。 しかもとても広々としていて開放的! |
火山岩の磯や砂浜を見慣れた私にとって 衝撃の白い砂浜 (2005年11月) |
高野山とは異なりとても温暖 母も私もウインドブレーカーを脱いでいます (2005年11月) |
約3時間で汗ばむぐらいに温暖な白浜へ 白い砂浜とエメラルドグリーンの海 (2005年11月) |
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| 白良浜で車両展示を終えた各車は最終イベント会場の旧白浜空港に向かいました。 SS4分の1マイルのタイム計測と表彰式、閉会式が行なわれます。 身が引き締まるほど気温が低く見事な紅葉の高野山から温暖で緑豊かな白浜へ、気候と風景の対比に母も私も感激しました。 スタート時は吐く息も白くなる程の冷え込みのなかの緊張感、そしてオープン走行用の服装では汗ばむほどの暖かさにつつまれたゴール後の開放感。 短時間で驚くほどの変化を提供してくれる和歌山はとても素敵なところです。 しかし、それを上まわってすばらしいのが、沿道で声援を送ってくれる方々や、イベントを企画し運営する方々の熱意と善意、そして会場に足をはこんだ自動車好きの人たちやエントリーした人たちの気持ちです。 とくにイベント準備の大変さを思うと、感謝の念で胸がいっぱいになります。 |
計測コースはなんと旧白浜空港の滑走路 先頭はゼッケン01ジャガーSS100 (2005年11月) |
やる気充分 GOサイン 耐久性は大丈夫か? MGB (2005年11月) |
滑走路脇の駐機エリアのMGB 小学校では先生がおっしゃいました 「家に帰るまでが遠足ですよ」 (2005年11月) |
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| この後の表彰式で、私たちは「ナイスファミリー賞」をいただきました。 インタビューマイクを向けられた母いわく「大阪で生まれたけれど高野山を訪問したのは生まれて初めてでした。 そして高野山の大フアンになりました。」 |
旧白浜空港の滑走路駐機エリア 来年も母と一緒にエントリー (2005年11月) |
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母はとても気に入った様子なので、次に高野山に来るのは2006年のヴェトロモンターニャかと思っていたら「高野山でお土産を買い忘れた。」とのこと。 翌日の11月14日にさっそく高野山を再訪問してから横浜に帰りました。 45)新しい勤務地 豊橋 2005 ヴェトロモンターニャ2005から11月14日に横浜に戻ったら、待っていたのは「豊橋で勤務してもらえないか。」という人事異動の内示でした。 話のあった11月15日、家族と相談した結果は、またもや単身赴任。 11月26日に1980年式のMGB(KH◎K)に衣類や食器ほか生活用品を積み込み、豊橋に引越しました。 1974年式のMGB(AH◎N)と家族は、横浜でお留守番です。 |
1980年式MGB(KH◎K)と一緒に単身赴任 (2005年11月) |
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豊橋に持ってきた1980年式のMGB(KH◎K)には、家内が選んだ「肉まん」と「小龍包」のマスコットをつけました。 これを家族だとおもって、安全運転を心がけるようにという意味です。 小さい「小龍包」2ヶは長男と次男、大きい「肉まん」が家内。 自分達の方が背が高いのに不公平だと長男と次男は指摘します。 長男も次男も「小龍包」は不満で「肉まん」なら満足なのか? 11月のヴェトロモンターニャ2005の時は、1974年式MGB(AH◎N)につけた中華菓子「桃まんじゅう」のマスコットを家内だとおもって、無事故で帰ってくるように言われたのに、今の私の家族は「肉まん」と「小龍包」です。 |
MGBに「肉まん」と「小龍包」のマスコット これを見て安全運転をするようにと家内に言われました (2005年12月) |
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こうして新勤務地「豊橋」で私と1980年式MGBの生活がはじまり、家族は1974年式のMGBと「横浜」に残り、私たちの2005年は暮れようとしています。 当初「暖冬」との長期予報でしたが12月になってからは大陸の寒気団の影響でとても寒い天候です。 特にクリスマス直前の12月22日(木)は豊橋でも積雪を記録するほどでした。 愛知県いたるところで在来線や新幹線の鉄道ダイヤは乱れ、高速道路も閉鎖。 一般道路は大渋滞でした。 「豊橋では雪が降ったとしても積もることはまずない。」と聞いていたのに予期しない積雪でした。 週がかわって12月26日からの2005年最後の週。 寒さは相変わらずですが天候は安定し毎日晴天の日が続きました。 そして仕事納めの12月28日夜。 年末年始を家族と過ごすべく1980年式MGB(KH◎K)で豊橋を発ち国道1号線で横浜に向かいました。 年末年始の休暇を利用して2台のMGBの軽整備をおこない、休暇明けには1974年式のMGB(AH◎N)で豊橋に戻る予定です。 |