第7部 めざせ26周年
(2006年1月〜2006年8月)
46)雪の箱根峠 2006
  2006年1月6日(金)の箱根は雪でした。 東京で1月7日に開催される会議に出席し8日と9日の連休を横浜の自宅で過ごすために、1月6日の夜、1974年式MGB(AH◎N)で私は豊橋を出発しました。 国道1号線とバイパス(浜名、磐田、掛川、藤枝、静清、富士=全部無料!)を利用して三島に到着したのが11時30分。 箱根峠、元箱根、国道1号線旧道(通称七曲り)を経由して無事に箱根湯本に下り「三枚橋」の交差点で国道1号線の新道に合流したのが1時30分。 横浜の自宅に到着したのが午前2時30分。 都合6時間30分で350kmを走破したナイトドライブでした。
元箱根
「賽の河原」近くの海賊船乗り場のバス停駐車場
路面は凍結しています
(2006年1月)
国道1号線旧道「甘酒茶屋」前
霧がでてきたので補助灯の配光を左右に広げました
旧道「七曲り」の急カーブでも照明が届くようにしたのです
(2006年1月)
1974年式 MGB 1974年式 MGB
  雪は小降りになったものの道路は完全に凍結していました。 箱根越えのコースは三島から箱根峠まで比較的緩やかなコーナーと登り坂が続く国道1号線、元箱根の畑宿入り口交差点から箱根湯本の三枚橋交差点までは連続するコーナーを急勾配で下る国道1号線旧道(通称七曲り)。 雪道走行の装備もない自動車で、深夜に「凍結と雪の箱根越え」を試みるのは、時として自滅行為です。 25年の運転経験があるとはいえ無事故で箱根を越えることができたのは、MGBのバランスの良さのおかげだと思います。
  まずは適度な細さのタイヤ。 メーカー標準の165SR14というサイズは現在では充分に細い部類に属します。
  次に非力なエンジン出力。 北米排気ガス対策仕様車のカタログ値で最高出力62馬力/6000rpmは、高出力とはいえません。 SUキャブレターに換装してある私のMGBはこれより出力は高いと期待しますが、大同小異でしょう。
  最後に4輪への理想的な荷重配分。 ラバーバンパーを装着したMGBの車両重量1050kgの配分は前軸重550kg、後軸重500kgです(車検証記載値)。 乗員の重量も加味すると前後車軸への重量配分は50%/50%に近似します。 ステアリングとドライバー、スペアタイヤは左側にオフセット。 右側にはバッテリーや消火器、車載工具、予備部品を相当量搭載するので左右の重量配分もある程度まで均一化されます(右側に家内が乗ればベストです)。 バラストがわりの家内がいないので重量配分が左に偏り、箱根旧道の下り右コーナーは、とても苦労しました。 左コーナーと同じ程度のスピードで同じ程度の右コーナーに進入すると、スピンするのです。 コーナーのRは右コーナーのほうが緩やかなのに。
道の駅「箱根」から芦ノ湖を望む
3日前の深夜1974年式MGBで通った場所です
(2006年1月)
1974年式 MGB
  車両重量の配分とエンジン出力、タイヤの細さがマッチした場合、この程度の積雪であれば雪道の装備なしで箱根峠を越えることを、MGBは実証しました。 登り坂でのポイントはタイヤに急激なトルクをかけず高いギヤで走行することです。 下り坂はエンジンブレーキで定速を維持すること。 4輪の重量配分を乱すコーナリング中のブレーキを避け常に事前に減速し、下りコーナーは4輪グリップで定速でクリアすること。 フットブレーキは下りの直進時のみです。 登り坂でも下り坂でも後輪がスライドしたらカウンターステアリングで、これを抑えます。 こうして私は雪の箱根峠を越えました。 気分はモンテカルロラリーでした。



47)伊良湖岬 2006
  2006年1月14日(土)春のような暖かい雨が降り、明けて15日は3月中旬を思わせる穏やかな日曜日でした。 私の様子をみにきた家内と、ツーリングに出かけました。 往路は国道42号線、復路は国道295号線をドライブした100km弱のショートツーリングでした。 道の駅「めっくんはうす」や「伊良湖クリスタルポルト」、伊良湖岬の灯台、渥美太平洋ロングビーチに立ち寄りました。
伊良湖岬の灯台
(2006年1月)
MGB

渥美半島
「渥美太平洋ロングビーチ」近くの海岸
(2006年1月)
遠州灘に面した渥美半島
強風とともに大きな波が打ち寄せると聞いていましたが
風も波も穏やかな日曜日でした
(2006年1月)
1974年式 MGB 1974年式 MGB

渥美半島の砂の色は相模湾とは異なり
やさしいクリーム色でした
(2006年1月)
海面とほぼ同じレベルに設置された灯台
散策路の木陰から見下ろすことができます
(2006年1月)
大アサリを食べた食堂
その名も「大浅利屋」
(2006年1月)
MGB MGB MGB

フェリーのターミナル
伊良湖と鳥羽や師崎をむすびます
「日間賀島」や「篠島」へ高速艇サービスも
(2006年1月)
家内の両親の出身地は「日間賀島」ですが
「篠島」に重なり肉眼では識別困難
右はたぶん「佐久島」です
(2006年1月)
三河湾側の西浜
湾内なので波は更に穏やかに
春を思わせる陽気でした
(2006年1月)
MGB MGB MGB
  寒い毎日が続いていたのが一転して春のような陽気。 「最近の寒波で横浜では野菜が高騰している。 キャベツでも結構よい値段!!」 豊橋への帰り道。 収穫作業中のキャベツ畑を眺めながら家内の発した言葉で、日常の世界に戻った2人でした。



48)潮見坂 2006
  ドライブに出かけ、途中で道の駅「潮見坂」に立ち寄りました。 国道1号線潮見バイパス上り線に、2006年4月に完成した新しい道の駅です。 新鮮な野菜と果物の販売コーナーや足湯が併設されており、家族づれでにぎわっていました。
  案内版によれば、東海道53次を江戸に向かう旅人が最初に太平洋を目にするのが、潮見坂だったそうです。 ということは、潮見坂をのぼり豊橋市にもどる私の場合は、太平洋を眺める最後のポイント。 「だったらどーなの。」と家内から質問をうけてもおかしくない状況ですが、今は私ひとり。 足湯をつかいながら「無駄な知識も役にたつこともあるし、雑学から魅力ある会話をひきだす人もいる。」などと独り言。 潮風につつまれてリラックスした時間を過ごしました。
道の駅「潮見坂」
2006年4月にオープンした道の駅
(2006年4月)
MGB

道の駅「潮見坂」
遠州灘に面した「足湯」
潮風にふかれながらのリフレッシュが可能です
(2006年4月)
道の駅「潮見坂」
駐車場は満車状態の賑わいです
1980年式MGB(KH◎K)
(2006年4月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  「足湯」の横からバイパスの下をくぐって海岸にアクセスできる道がありました。 さっそく歩いて海岸へ。 三浦半島から伊豆半島へ大きく湾曲している相模灘とは異なり、浜名湖から渥美半島へ続く遠州灘に面した海岸はほぼ一直線です。 波は穏やかでサーフィンを楽しんでいる人達がいました。 夏に比べるとこの時期の波は、穏やかだそうです。 以前は自動車が砂浜に入ることもあったそうですが、今はウミガメの保護を目的に「車両乗り入れ禁止」とのことでした。 空き缶やビニール袋が落ちていない、とてもきれいな砂浜です。
遠州灘
道の駅「潮見坂」からアクセスする海岸
サーフィンを楽しむグループがいました
(2006年4月)
MGB

白須賀地区の護岸の松
後方のコンクリート柱はバイパスの支柱です
(2006年4月)
開放感あふれる一直線の海岸
湾曲した相模灘との対比が印象的です
(2006年4月)
ピクニックも楽しめる
素敵な場所でした
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  護岸に自動車が通行できる道路があることに気づき、MGBを移動させました。 道の駅の駐車場を占有せずに海岸の散策を満喫するためです。 海岸に自動車をとめてピクニックもできる、魅力にあふれた場所でした。



49)フューエルポンプの配線 2006
  2006年4月11日(火)豊橋は朝から雨。 出勤途上で1980年式MGB(KH◎K)のエンジンがストールしました。 ガソリンがキャブレターに供給されずエンジンが停止する症状でした。 路肩に停車して「燃料計表示、OK。 冷却水温、OK。」とチェックをはじめたところでフューエルポンプの作動音がしないことに気がつき、ターミナルやヒューズの結線をカシメて問題解決。 5分程度の停車でMGBは復調しました。
  フューエルポンプは2002年8月にツーリング先の札幌で日本製に交換しましたが、配線はオリジナルのままです。 製造されて以来26年の歳月からくる回路の劣化や振動が原因の結線のゆるみ、雨天の水濡れによる不良ほか原因はいろいろ考えられますが、金曜日にトラブルが再発しました。 イグニションオンでは作動しないのに、スターターオンで作動しそれ以降は作動し続けるという中途半端な症状です。 そこで週末に、フューエルポンプのプラス配線とマイナス(アース)配線を引きなおしました。 「フューエルポンプはね、蹴っ飛ばせば直りますよ。」とも言われたのですが、古い車ゆえ、蹴飛ばしたらもっと具合が悪くなりそうなので・・・。
豊橋で緊急整備
フューエルポンプの配線を引きなおします
ガレージジャッキ+スタンドに相当する安全対策が必要です
(2006年4月)
MGB

スペアタイヤを
ジャッキアップした後輪の下に配置し
「上下の安全」を確保します
(2006年4月)
接地しているタイヤには「タイヤストッパー」をかませて
「前後の安全」を確保 準備完了!
車両の下にもぐりフューエルポンプや配線にアクセスします
(2006年4月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  横浜の自宅にガレージジャッキとスタンドがありますが、単身赴任先の豊橋で手許にあるのは「車載ジャッキ」と「タイヤストッパー」のみ。 「電装品用の工具箱」にストックしてあるリレーやコネクター、ワイヤーハーネスほか必要部品を確認した後、安全に作業ができるように準備をすすめます。 助手席側をジャッキアップ、反対側のタイヤをストッパーで固定します。 スペアタイヤを助手席側のリヤタイヤにそえて、作業準備完了。
  プラスのメイン回路とするべくフューエルポンプとリレーコネクターのイエローワイヤ、バッテリー(プラス)とリレーコネクターのレッドワイヤをそれぞれ配線。 バッテリーとリレーコネクター間にはヒューズを配します。 スイッチ回路は、リレーコネクターのブルーワイヤをイグニッションオンで通電するプラス回路に接続。 そしてリレーコネクターのブラックワイヤをボディに接続してアース。 これでプラス配線は完成です。
  次に、フューエルポンプのブラックワイヤをしっかりボディにアース、マイナス配線も準備完了。 コネクターにリレーを装着して、イグニッションをオン。 にわとりのようなココココッという音とともにフューエルポンプが作動します。
リレーはラジエターサポート横にレイアウト
熱源から遠い場所がベストですが
ヘッドライトや補助灯用リレーと集中配置
(2006年4月)
フューエルポンプ内蔵のフィルター
4年使っているので交換時期かもしれません
でも予備がないので目視点検のみ
(2006年4月)
長年保有していると必要にかられて
簡単な整備の知識が身につきます
MGBの単純な構造のおかげです
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  エンジン回転をあげて作動を再確認した後、リレーと配線をボディに固定し、念のためにポンプ内蔵のフィルターを目視点検し、作業を終了しました。 エントリー予定のウッディパーク鹿沼ステージ2006は、きっとこれで無故障で・・・。 たぶん大丈夫。 でもすこし心配。



50)ウッディパーク鹿沼ステージ 2006
  2006年4月23日(日)栃木県鹿沼市で開催されたイベントに1980年式MGBで参加し、幸い無故障で完走することができました。  ゼッケンは115、ナビゲーターは家内。 順位は100位でした。
  今年は末弟も1974年式MGBでエントリー。 ゼッケンは102、ナビゲーターは末弟の長女です。 順位は110位。
  「3歳でも地図がわかるのかい?」という祖父母には、末弟も私も「たぶん・・・大丈夫。」と弱々しくこたえて参加申請書を提出したのです。 1974年式MGB(AH◎N)のステッカーは、末弟と姪のイニシャルのKH◎Nに変更。 車両検査と受付開始の午前6時30分に間に合うように2台で横浜を出発し、集合場所の栃木県鹿沼市「出会いの森総合公園」に向いました。

1974年式MGB(旧AH◎N)
イニシャルステッカーをKH◎Nに変更 ゼッケン102
 クルーは末弟とその長女(とっても恥ずかしがり屋さん)
(2006年4月)
1980年式MGB(KH◎K)
ゼッケン115 クルーは私と家内
昨年に続き2回目の参加です
(2006年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  「鹿沼さつき祭り」に併せて開催されるイベントとしてウッディパーク鹿沼ステージは2002年にはじまり、今年は第5回です。 出場台数は過去最高との紹介が開会式でありました。 1974年式MGBのゼッケンは2005年は91でしたが、今年は102。 年式順のゼッケンですので、1970年式以前の参加車両が10台ほど増えたことを示します。
  スタート前の待ち時間に参加車両を見てまわりました。 エントリーゼッケンの1は、なんと1910年式のロールス・ロイス シルバーゴースト。 車検と登録ナンバーを取得し公道を走行できる状態でエントリーしている車両を間近に見ると、整備とメンテナンスにかけるオーナーの努力と情熱に感銘をうけます。
ロールス・ロイス シルバーゴースト
なんと1910年式 95年前の製造です
(2006年4月)
1928年式のベントレー
とても上品なボディカラーです
(2006年4月)
1938年式のライレー
鏡みたいに磨き上げられたボディです
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  開会式の後、09時00分に1号車がスタート。 30秒間隔、ゼッケン順のスタートです。 ルートブックのコマ地図と指示速度に従って、第1CP「粟野総合運動公園」を目指します。 コース上のチェックポイントは4ヶ所、ゴールはスタート会場の「出会いの森総合公園」。 鹿沼市と日光市今市の140kmを巡る競技イベントです。
さつきドリーマーズのオープニング演奏
(2006年4月)
スタートゲート
(2006年4月)
古峯神社の大きな鳥居
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  鬱蒼とした杉並木が続く例幣使街道や、こつ然と姿をあらわす大鳥居の古峯神社。 それらにかこまれて日々の生活をおくる町並みや田園風景。 日本の歴史と日常生活の調和を、感じることができるルートです。 それ以上に強く心にのこるのが、競技イベントの主催者や運営をサポートする方々の熱意と、沿道で声援をおくってくださる方々の善意です。
  子供のころに憧れたモータースポーツは、社会人になった私に「レースやラリーの成果を市販車にフィードバックするツール」の一面をみせました。 また自動車メーカー、チューンショップやプロのドライバーがしのぎを削る舞台でもありました。 さらにTV放映やマスコミ報道による広告宣伝の要素もあるビジネスでした。 これらは魅力的で今でも私を強くひきつけるのは、事実です。
  他方、鹿沼商工会議所に実行委員会がおかれる「ウッディパーク鹿沼ステージ」は、異なる魅力を私に提供してくれます。 コース上いたるところで笑顔で手を振ったり、あたたかい励ましの声援をおくってくださる鹿沼市の方々の姿勢に、言いようのない感動をおぼえるのです。 商店街の店先、自宅の庭先、あるいはコースの道路脇で、手を振ってくださる方々。 失いたくないけれど、ともすれば簡単に失くしてしまう、でも本当は誰もが失くしてはいけない「なにか」が、鹿沼にはあります。 ほんとうにすばらしいことだと思います。    
受付でゼッケンが配布されます
(2006年4月)
ゼッケンを車両に貼って番号順に整列
(2006年4月)
スタッフの誘導でスタートゲートへ
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  末弟と3歳の姪が乗る102号車は、スタート直後に私と家内の115号車の後ろにつきました。 そのままゴールまで2台で並走しようとしたのですが、スタンプポイント「まちなか交流プラザ」近くで、私が痛恨のミスコース。 正しいコースをとった102号車とはぐれてしまいました。
  単独で先行した102号車もまもなくミスコースし、私たちより遅れて第2CPに到着しました。 スタート前は「だいじょうぶっ!」と言っていた102号車のナビゲーターは、第2CPに到着したときは「熟睡中」。 この後、第4CP近くまで、気持ちよさそうに助手席で「春眠」。    
スタート前
自信に満ちあふれた表情の
102号車のナビゲーター
(2006年4月)
あたたかな春の日差しと
ここちよいそよ風につつまれて
第2CPを待たずに熟睡
(2006年4月)
賞をいただけるとは思いませんでした
(2006年4月)
MGB MGB MGB
  スタートから約4時間。 2台のMGBは無事に「出会いの森総合公園」にゴール。 参加者は広々とした芝生のキャンプサイトで昼食と和太鼓の演技を楽しみながら、リラックスした時間を過ごします。
  閉会式に先立ち成績発表と各賞授与が行われ、私たちは賞をいただきました。 102号車は110位(鹿沼市観光物産協会長章)、115号車が100位(NTTのDoCoMo賞)。 指示速度に対する遅れと進みを計算する器材も搭載していないし、数回ミスコースするほど経験も未熟な私たちにとって、思いもよらない幸運な受賞でした。
  ところがあろうことか「ベストカップル賞」を、末弟は目標にしていたのです。 知らなかった。 気持ちはわかりますが、第2CP〜第4CPまでナビゲーターが「熟睡」してしまってはねぇ・・・。 でも父親と娘だから、「ベストカップル賞」受賞の有無にかかわらず「ベストカップル」なのでしょう。 しかも110位の賞をいただけたのだから、実際ベストカップルですね。

この直後 縁石に足をとられて転びそうになりました
フードに物をのせたまま走り出すし 歳はとりたくないです
(2006年4月)
1974年式MGB(KH◎N)
遠景はゼッケン115の1980年式MGB(KH◎K)
(2006年4月)
1980年式 MGB 1974年式 MGB
  懸念された雨に降られることもなく、穏やかな春のひとときを満喫することができました。 来年も必ずエントリーしたいと家内や末弟と話しながら横浜に帰りました。



51)白川郷、飛騨高山 2006
  2006年のゴールデンウイークに、家内と1974年式MGB(KH◎N)で飛騨高山にツーリングに出かけました。 単身赴任先の豊橋で家内と合流し、白川郷を経由して、飛騨高山で2泊、松本から美ヶ原や霧が峰、八ヶ岳中央高原を縦走し横浜に戻りました。 心配した交通渋滞に幸いにも遭遇せずにすんだ、2泊3日のツーリングでした。

ツーリングに使った1974年式MGB(KH◎N)
豊橋を午前3時30分に出発したら・・・
(2006年5月)
・・・白川郷に午前8時に到着しました
朝食は白川郷でいただきました
(2006年5月)
1974年式 MGB 1974年式 MGB

美濃の白鳥高原
長良川の川岸の桜は
満開でした
(2006年5月)
分水嶺のある
ひるがの高原では
路肩に雪が残っていました
(2006年5月)
白川郷
鯉のぼりが空をおよぎ
春まっさかり
(2006年5月)
MGB MGB MGB

茅葺き切妻造りの屋根と
白い障子窓のコントラストが
印象の残りました
(2006年5月)
遠景に白山を望み
小川のせせらぎと小鳥のさえずりに包まれた
穏やかな春の風景です
(2006年5月)
傾斜の強い茅葺の屋根から
雪深い厳寒の冬に耐える
白川郷の人々の苦労が伝わります
(2006年5月)
MGB MGB MGB

国道360号線の天生峠は
冬季閉鎖中
国道158号線で高山へ
(2006年5月)
道の駅「桜の郷荘川」
併設された「桜香の湯」で
入浴休憩
(2006年5月)
正午前に到着した高山
天気は快晴
桜も満開
(2006年5月)
MGB MGB MGB

「朴葉味噌定食」をいただいた後
上二之町と上三之町を
散策しました
(2006年5月)
宮川にかかる朱塗りの「中橋」
橋を渡ると
「高山陣屋」
(2006年5月)
門と式台をもたず屋根も低い
町屋造りの典型
封建的な階級制度を象徴します
(2006年5月)
MGB MGB MGB

夜間はライトアップされます
花と葉が同時の「山桜」
(2006年5月)
「中橋」のたもと
花だけなのでたぶん「ソメイヨシノ」
(2006年5月)
柳のように枝がしなやかな
「しだれ桜」だと思います
(2006年5月)
MGB MGB MGB

家内の希望で入館した
テディベアエコビレッジ
(2006年5月)
この歳でぬいぐるみのくまさんとの写真は
とてもはずかしいっ!
(2006年5月)
これはもっとはずかしい!!
家内の指がはいった写真
(2006年5月)
MGB
MGB MGB

高山で2泊して帰路につきました
一般車両乗り入れ禁止の上高地をパスし
路肩に雪が残る乗鞍スーパー林道へ
(2006年5月)
乳白色の湯(硫化水素泉)で有名な
白骨温泉に到着
入浴休憩
(2006年5月)
4月28日まで冬季休業だった
白骨温泉公共露天風呂から眺めた
渓流
(2006年5月)
MGB MGB MGB

白骨温泉を後に
再び乗鞍スーパー林道へ
奈川から安曇野を経由して次の目的地は松本
(2006年5月)
松本では松本城の
市営駐車場にMGBをとめて
アイスクリーム休憩
(2006年5月)
松本から浅間温泉を経由して
武石峠と白樺平を越えて
美ヶ原高原美術館で昼食
(2006年5月)
MGB MGB MGB

勢いよくまわる風力発電プロペラの大きさや
周囲に残る雪の多さに
驚きました
(2006年5月)
美ヶ原からは
ビーナスラインで扇峠や和田峠を経由して
霧が峰高原 車山 そして白樺湖へ
(2006年5月)
ビーナスラインは比較的なだらかで
高速ツーリングむきのコース
険しい乗鞍スーパー林道と好対照
(2006年5月)
MGB MGB MGB
  白樺湖の湖畔から国道152号線で茅野へ下り、県道17号線で原村、富士見高原を経て小淵沢でコーヒー休憩。 その後中央高速道路で東京へ。 夕食は銀座でいただき、横浜の自宅に戻りました。
乗鞍スーパー林道
白樺の林を縫うように続く林道 道路の脇には高く積もった雪
風は冷たくて とても爽快
(2006年5月)
MGB
  やわらかな春の日差しと満開の桜、海抜2000mの高原の冷たい風に残雪と体のあたたまる露天風呂。 このツーリングは、素敵なコントラストを私たちに提供してくれました。 酷暑を避ける真夏の高原も素敵だけれど、それとは別の魅力を、私たちは堪能しました。



52)トランスミッションブラケット 2006
  単身赴任先の豊橋で使っている1974年式MGB(KH◎N)のトランスミッションマウントから、走行中に異音がするので調べたところ、リヤブラケットのセンターアンカー部のナットとワッシャーがゆるみ、丸いラバーブッシュが劣化してちぎれていました。
  このブッシュを交換してセンターアンカーを固定するには、トランスミッションのクロスメンバーを取り外す必要がありますが、MGBの車載ジャッキだけでは、作業の安全性に不安があります。 東京に業務で出張し、久しぶりに横浜に帰った6月の週末、ガレージジャッキのある自宅で作業を行ないました。
取り外したリヤブラケットの構成部品
最下段の3ヶの左右2ヶが劣化したラバーブッシュ
その上がセンターアンカー
逆ハとハの字はセンターアンカーブラケット
(2006年6月)
MGB
  単身赴任先の豊橋では、毎日の通勤と横浜の自宅への帰省にMGBを使っています。 エンジンほか駆動系統は、週末しか使っていなかった時より安定して好調ですが、ボディ側の構造部品に負担がかかりすぎたようです。 1980年式MGB(KH◎K)は、4月にフューエルポンプの配線を引きなおしましたし、今度は1974年式MGB(KH◎N)のトランスミッションマウント。 劣化した配線、コネクター端子やラバーブッシュが、毎日の走行の負荷に耐えられなかったのです。 でも配線にしてもブッシュにしても、同じ自動車を使い続けるかぎり、いつかは手をいれる必要がある部位といえます。
手持ちのソケット(左下)では
ボディとトランスミッションに干渉して
作業ができないので
ジョイント付きソケット(左上)を入手
(2006年6月)
劣化したブッシュ2ヶ
経年劣化でボロボロでした
中央下は新しいジョイント付きソケット
サイズは13mmです
(2006年6月)
かくいう私の頭髪も経年劣化で
すいぶんと白髪が目立ちます
(2006年6月)
MGB MGB MGB
  トランスミッションのラバーマウントをクロスメンバー側に固定するナットを、手持ちのソケットで緩めることができませんでした。 ボディとトランスミッションに干渉してソケットにラチェットレンチを接続できないのです。 結局、次弟のガレージに併設されたツールショップでジョイントタイプのソケットを入手して、作業を続けました。
作業中の1974年式MGBKH◎N
ガレージジャッキでトランスミッションを支えています
(2006年6月)
作業終了後に家内と一緒にテストラン
馬車道でコーヒー休憩中
(2006年6月)
1974年式 MGB 1974年式 MGB
  ヴェトロモンターニャ2005やウッディパーク鹿沼ステージ2005、2006のゼッケンをはがす際に、ボディの一部分の塗装が剥離しました。 応急処置としてタッチアップペイントで補修してきましたが、イベントのゼッケンをはがす度に剥離する面積がひろがり、タッチアップも限界に・・・。 そこでカッティングシートでゼッケンサークルをつくり、左右のドアとエンジンフードに貼り付けました。 素材は左右フェンダーのステッカー(KH◎N)と同じです。 飛騨高山のツーリングから戻った5月のゴールデンウイークに、ボディカラーにあわせて家内が選んだグリーンとホワイトのカッティングシートで、ゼッケンサークルを作ったのです。 グリーンのゼッケンサークルは1974年式MGB(KH◎N)に。 ホワイトのゼッケンサークルは1980年式MGB(KH◎K)用です。
ヴェトロモンターニャ2005のお守り
中華菓子「もも饅頭」と
単身赴任のお守り「小龍包」
(2006年6月)
MGB
  ラバーブッシュを交換しセンターアンカーを組み付け、トランスミッションマウントとクロスメンバーを装着して作業が完了しました。 家内と一緒に横浜市内でテストランをおこない、異音が解消したことを確かめました。 こうして都合9日間の出張がおわり、私は単身赴任先の豊橋に戻りました。 「もも饅頭」と「小龍包」のマスコットを横目に見て約350kmを走行、ひたすら安全運転・・・。

53)初心者 デビュー 2006
  2006年4月に普通自動車の運転免許を取得した長男が、初心者マークとともに、公道デビュー。 単身赴任先の豊橋から自宅に帰った7月の週末、長男の運転練習を兼ねて、1980年式MGB(KH◎K)で横浜市内の早朝ドライブに出かけました。
エンジンフードとトランクリッドに初心者マーク
「MGBに初心者マークか!」と見送りの父
「MGBに初心者マークはしぶい」と長男
「シブイ? そうか これを渋いと言うのか」と私
(2006年7月)
MGB
  教習車とは異なる左ハンドル車に、長男はとても緊張しています。 「左ハンドルなので、アクセルとブレーキとクラッチのペダル配置も、逆だよ。」と冗談を言って、まず緊張をほぐし、冷却液とエンジンオイル、ブレーキオイルやクラッチオイルを点検してエンジン始動。 次にランプ類やワイパーとホーンの作動を確認。 より広い視界を確保するためにフードはたたみ、そしてスタート。
メモリアルシップ 日本丸
背景の左はランドマークタワー(部分)
中央はクイーンズタワーA・B・C
(2006年7月)
早朝の横浜赤レンガ倉庫
前夜は花火大会で沢山の人出でした
器材搬出のトラック数台とすれ違いました
(2006年7月)
前日入港した「飛鳥U」は出港した後でした
遠景は大桟橋と大桟橋税関
マリンタワーとニューグランドホテル
(2006年7月)
MGB MGB MGB
  長男の運転で、自宅から国道15号線(第一京浜)をとおり「みなとみらい21」地区に向かいます。 ランドマークタワー、日本丸、赤レンガ倉庫、大桟橋、シルクセンター、山下公園を横に見ながら元町へ。 助手席から眺める景観は、驚くほど新鮮でした。 運転席から見慣れた風景でも、助手席から眺めるとこれほどまでに異なるものかと、あたらしい発見をしたのです。
元町商店街
美しい石畳が敷きつめられています
早朝のため人影もまばらでした
(2006年7月)
運転練習を終えて帰宅
私と家内は日用品のショッピング
長男は留守番
(2006年7月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  元町でコーヒー休憩。 長男にとって、なれない左ハンドル車の運転は、とても緊張するチャレンジだそうで、右のウインカーのかわりにワイパーを作動させたり、狭い道で対向車とのすれ違いに苦労したりしました。 でも歩道側、つまり左側の見切りが右ハンドル車より簡単で、歩行者や自転車、バイク、停車中の車両との距離がわかり安いというのが、長男の感想でした。
  元町から川沿いに長者町へ、そして打越橋をくぐって山手本通りへ。 山手カトリック教会やフェリス女子学院の横をとおって外人墓地、港の見える丘公園、そしてフランス山を下って再び元町。 その後は、往路のコースを逆にたどって、自宅に戻りました。
  こうして運転練習は無事に終了。 私は家内とショッピングに、長男は留守番。  



54)オーバードライブ 2006
  2006年8月の週末、横浜の自宅で、1980年式MGB(KH◎K)のトランスミッションオイル交換と、オーバードライブのメンテナンス。 1980年式MGBには、電磁式のオーバードライブが装着されていますが、寄る年波には勝てず、オーバードライブの作動が不安定になりました。 そこでオーナーズハンドブックに従ったメンテナンス(ソレノイドバルブの交換、サンプフィルターとリリーフバルブフィルターの清掃)を行ないました。
  このメンテナンスによって、約300km走行後、オーバードライブは復調。 オーバードライブを作動させるオイル回路を、劣化したオイルか金属粉が塞いでいたのが、たぶん不調の原因だったのだと思います。 フィルターの清掃とオイル交換によって回復した油圧で、オイル回路の目詰まりが取れて、オーバードライブが復調したのでしょう。
  週末のメンテナンスを済ませ、1980年式MGB(KH◎K)で豊橋に戻りました。
ガレージジャッキでジャッキアップ スタンドで固定
車の停め方は いつもとは逆です
作動確認のために 作業後エンジンを始動させるからです
(2006年8月)
MGB
  MGBのトランスミッションにはエンジンと同じオイルを使うように、日本レイランド発行のオーナーズハンドブックで指定されています。 推奨グレードは20W−40か20W−50、必要量は3.4リッター(オーバードライブ無しは2.84リッター)。 気温が−20℃まで下がる場合は10W−30か10W−40か10W−50が推奨グレードです。 20W−50のエンジンオイルを、豊橋で探しましたが見つからず、10W−60を入手しました。 同時に「汚れたオイルを処分できる」魔法のようなカートンボックスと、オイルを充填するための灯油用ポンプとビニールホースを入手。
  ソレノイドバルブとガスケット、サンプフィルターを、英国自動車部品専門ショップのBRGさんにお願いして、横浜の自宅に発送。 金曜日の夜に単身赴任先のアパートを出発して横浜の自宅に向かいました。
  自宅で作業着に着替え、ガレージジャッキでMGBをジャッキアップ。 スタンドで車体を固定し、最初にトランスミッションオイルのフィラープラグを緩めます。 次にシート、カーペットを取り外し、パッセンジャーコンパートメントからオイルフィラープラグ孔へのアクセスを確保します。 排油したあとで、フィラープラグが緩められない場合は、給油できません。 1973年にトヨタスポーツ800で学習した作業手順です。
  次にドレインプラグを緩め、「汚れたオイルを処分できる」魔法のカートンボックスを配置。ドレインプラグを外して、オイルを排出します。
英国車専門部品ショップBRGで入手した
ソレノイドバルブ(左)とガスケット(中)
サンプフィルター(左)
(2006年8月)
オーバードライブのサンプカバー
6本のボルトで固定されています
(2006年8月)
取り外したサンプフィルター(左)
サンプカバー(右)
(2006年8月)
MGB MGB MGB
  サンプカバーとその周辺を清掃し、6本のボルトで固定されたサンプカバー(上中央の画像)を外してサンプフィルターを取り出します。 サンプカバー裏のマグネットに付着した金属粉を取り除き、フィルターとサンプカバー(右上の画像)をガソリンで洗浄します。
サンプカバーを外したオーバードライブ
ブルーのソレノイドバルブカバー
その上の6角ボルトはリリーフバルブプラグ
(2006年8月)
リリーフバルブホール
6角ボルトとリリーフバルブを外した状態
(2006年8月)
リリーフバルブの構成部品
右から6角ボルト メタルシール
その次がリリーフバルブフィルター
(2006年8月)
MGB MGB MGB
  次にリリーフバルブのプラグ(6角ボルト)を外して、リリーフバルブを取り出します。 もとどおりに装着できるように構成部品を並べて(右上の画像)おきます。 リリーフバルブフィルター(右上の画像で右から3番目の部品)はガソリンで洗います。
ソレノイドバルブカバーを外した状態
電源コードを軽く引っ張ると
ソレノイドバルブが外れます
(2006年8月)
ソレノイドバルブホール
ソレノイドバルブを取り外した状態です
(2006年8月)
ソレノイドバルブの構成部品
アッセンブリー交換ゆえ
ここまで分解する必要はありません
(2006年8月)
MGB MGB MGB
  最後に4本のボルトで固定されたソレノイドバルブのカバーを外して、ソレノイドバルブ(右上の画像)を取り出します。 新品のソレノイドバルブを装着し、配線を接続してソレノイドカバーを元に戻します。
  各部の組み付けは、取り外しと逆の順序で行ないます。 組み付け終了後、ドレインプラグを元にもどし、フィラープラグ孔から規定量(オーバードライブ付は3.4リッター)のエンジンオイルを給油します。 日本レイランドのオーナーズハンドブックによれば、フィラープラグ孔の直下が規定オイルレベルとのことです。 フィラープラグを取り付けて、作業を中断し休憩。
シフトカバーを外してホースをとおし
フィラープラグ孔からトランミッションへ給油
灯油用ポンプを流用しました
(2006年8月)
シフトをいれてアイドリング
トランスミッションオイルを攪拌した後
規定レベルまで再給油
(2006年8月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  車を短時間走らせてから、エンジンを停止させて数分間待ち、オイルレベルを点検するようにオーナーズハンドブックに記載されています。 短時間走るかわりに、スタンド上でエンジンをかけシフトをいれて20分ほどアイドリング。 その後、エンジンを停止してしばらく待ち、オイルレベルを再点検して、すべての作業が完了しました。
  英国車、特にMGBは、部品の供給が安定しているので、とても助かっています。 今回のメンテナンスでもオーバードライブのサンプフィルター、ソレノイドバルブ。 6月は、1974年式MGB(KH◎N)のトランスミッションセンターアンカーブッシュ。 すべての部品が入手可能でした。 英国車部品専門ショップのBRGさんから上流にさかのぼり、輸出入・輸送・在庫業務にたずさわる会社、部品の製造会社と素材の生産と調達まで、多くの人々の存在なくしては、このような部品供給体制の構築は不可能です。 またこの体制の存在を可能にする全世界に散らばるMGのオーナー。
  需要があるから供給があるのか、はたまた供給があるから需要が維持されるのか。 MGBは1950年代後半に設計され1962年に発売。 しかし1980年に生産が終了し、同時に製造工場も閉鎖されたイギリス製の自動車の部品が、2006年の日本で入手できる。 あらためて感謝の気持ちをかみしめた、1980年式MGB(KH◎K)のメンテナンスでした。



55)日間賀島 2006
  2006年の夏期休暇に、家内と日間賀島を訪問しました。 単身赴任先の豊橋で家内と合流し1980年式MGB(KH◎N)で伊良湖岬へ。 伊良湖から日間賀島へは、高速艇を利用しました。 日間賀島は、家内の両親の出身地。 ご先祖さまのお墓にお参りする、1泊2日のショートツーリングです。

伊良湖岬まで1980年式MGB(KH◎K)で移動
満車状態のパーキング 最後の空きスペースに駐車
(2006年8月)
伊良湖岬から高速艇で日間賀島へ
所要時間は約30分
(2006年8月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB


日間賀島の特産品は
たこ
(2006年8月)
たこへの感謝と供養
たこまつりの準備中でした
(2006年8月)
地震の津波で海に沈んだ如来像を
たこが抱えていたという伝承
(2006年8月)
MGB MGB MGB


子供たちでにぎわう夜店
なつかしさがこみ上げてきます
(2006年8月)
たこまつりのイベント会場
(2006年8月)
花火大会
間近で見る花火 光と音ともに大迫力
(2006年8月)
MGB MGB MGB


変わることのない路地
郵便局(左側)と食料品店(右側)
(2006年8月)
整備された東浜
透明な海水とクリーム色の砂
(2006年8月)
島の東に面しているので
その名は「サンライズビーチ」
(2006年8月)
MGB MGB MGB
  日間賀島を訪れるのは、私も家内も20数年ぶりです。 東浜も西浜もきれいに整備された海水浴場になっていますし、西浜にはホテルや旅館が立ち並んでいます。 三河湾国定公園の指定を受けているため、環境に配慮した開発と整備がおこなわれたと思いますが、「かわったね。」というのが西港に到着したときの印象。 そして、東浜の親戚や知り合いの方々のもてなしを受け、人の情は「かわらないね。」と、家内と私が同じ感想を口にした、1泊2日のショートツーリングでした。  



56)オーバードライブ その後 2006
  リリーフバルブとサンプフィルターの清掃で回復したオーバードライブが、不安定に。 冷間スタート時には確実に作動するのですが、1時間ほど走行すると、まれにオーバードライブが作動しないことがあるのです。 オーバードライブのソレノイドバルブへは通電しているので、シフトノブとトランスミッションのオーバードライブスイッチ、ハーネスの電気系統は正常です。 原因は、油圧系と推測しました。
  そこで8月最後の週末に、オーバードライブのオイルポンプを点検、清掃。 今度は20W−60(8月初旬に使ったのは10W−60)のエンジンオイルに交換しました。 この整備とテストドライブで、オーバードライブはふたたび確実に作動するようになりました。
私の不注意でつぶれた
オイルフィラープラグのボルト(左)
プラグを外すのに使ったバイスプライヤー(右)
(2006年8月)
MGB

オイルポンプのプラグを緩めるには
素人の私はもっていないペグスパナが必要
(2006年8月)
ペグスパナの代用品 アジャスタブルピンスパナ
電動ツールの工具です ホームセンターで入手しました
(2006年8月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

ポンププラグとワンウエイバルブを外したオイルポンプ部
ギヤシャフトの回転をカムで上下運動に変換しポンプを駆動
ワンウエイバルブでオイルをリリーフバルブに送る構造です
(2006年8月)
左からワンウエイバルブ バルブボール スプリング
そしてアジャスタブルピンスパナで外したポンププラグ
それぞれ傷の有無を目視点検 ガソリンで洗浄
(2006年8月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  ワンウエイバルブの構成部品をガソリンで洗い、目視点検。 傷がなかったので、元どおりに組み付け、20W−60のエンジンオイルを給油しました。 トランスミッションには、20W−40か50のエンジンオイル(気温が−20℃まで下がる場合は10W−30か40か50)が推奨されています。 3週間前は10W−60のエンジンオイルを使ったのですが、今度は推奨グレードに近い20W−60に変更しました。
  オーバードライブの作動は、実際にドライブして、確認することにしました。 高速道路を走行し、オーバードライブのオイル回路に高い油圧を長時間継続して発生させれば、構成部品や油圧回路内が洗浄されて、「安定して正常に、オーバードライブが作動するようになるだろう。」と考えたのです。
  行き先は高速道路でアクセス可能で、しかも涼しいところがいいな。 家内に、「テストドライブを兼ねて、白骨温泉で露天風呂いうのは、どうかな? あそこは、きっと涼しいよ。」 家内いわく、「軽井沢か、草津がいい。」  目的地、決定。



57)テストドライブ 草津 2006
  横浜の自宅を午前3時に出発。 高原の涼と露天風呂でのリフレッシュをもとめて、テストドライブを兼ねたツーリングに出かけました。 小淵沢付近でオーバードライブは安定し、以降は正常に作動しています。
  高速道路は、中央道の相模湖ICから長野道を経由して上信越道の長野東IC(往路)と、関越道の昭和ICから練馬IC(復路)。
  小布施から山田温泉に向かい、大湯で「足湯休憩」。 山田牧場をとおり国道292号線(志賀草津道路)横手山ドライブインで「朝食休憩」。 日本の国道最高地点「渋峠」(標高2,172m)を越えて、目的地「草津温泉」へ。
  草津に到着したのは午前11時。 さっそく「湯畑」や「西の河原」や温泉街を見学し、「西の河原公園」の露天風呂を堪能しました。    
2002年に初めて訪れた
山田温泉 大湯
(2002年9月)
4年ぶりに訪れた大湯には
足湯ができていました
(2006年8月)
入母屋と唐風の破風の湯殿
何世紀もの時を経たような風格
(2006年8月)
MGB
MGB
MGB

山田牧場 駐車場
キャンプ場やホテルが併設されています
(2006年8月)
気温は17℃ 秋の気配を感じます
アンテナの赤とんぼ
(2006年8月)
横手山は海抜2305m
このパーキングも標高2000m級
(2006年8月)
MGB MGB MGB

国道292号線(志賀草津道路)
渋峠から「湯釜」で有名な白根山へ
(2006年8月)
横手山から渋峠を越えるまで天気は快晴
気温は15℃
(2006年8月)
濃霧の白根山を下ると
雲の下の草津は曇り 気温21℃
(2006年8月)
MGB MGB MGB

「湯畑」へ続く草津の温泉街
おもったより道幅が狭くて散策に適しています
(2006年8月)
試食サービスの温泉饅頭
後ろは人力車による温泉街巡り
(2006年8月)
温泉街のお土産物店
店名は「まねきねこ屋」
(2006年8月)
MGB MGB MGB

「足湯」ならぬ「手湯」

(2006年8月)
「湯畑」に立ち込める湯煙は
草津温泉のシンボル
(2006年8月)
晩夏の草津温泉も良いですが
冬も独特の情緒があると思います
(2006年8月)
MGB MGB MGB
  露天風呂、温泉街の散策、アイスクリームや温泉饅頭を堪能して草津をはなれ、国道145号線(日本ロマンチック街道)で沼田方面にむかいました。
  国道145号線の沿道には、夏のシンボルひまわりや秋の花コスモスが咲いていて、移り行こうとする季節を感じたツーリングでした。



58)26年間 1980〜2006
  最初のMGBを1980年に入手した時は「乗っても6年程度かな。」と考えました。 排気ガス対策済みの1974年式MGB(KH◎N)の最高出力や最大トルクは、当時の国産車と比べて、見劣りのするものでした。 それゆえ「MGBより高い出力とトルクを誇り、また品質が安定している国産車に、いずれ乗り換える。」と考えたのです。 また当時、私は独身でした。 「6年ほど経てば、結婚して子供も生まれるだろうから、2人乗りのオープンカーは手放して、4ドアセダンを乗り継いでいく。」とも、考えました。
  1989年10月に「2台あれば、4人乗れる。」との言葉を口にして、1980年式MGB(KH◎K)を入手したのは、暴挙でした。 2006年に長男も次男も自動車の運転免許を取得したため、たしかに今は「2台あるので、4人乗れる。」のですが・・・。  
MGBと26年目の夏
(2006年8月)
MGB
  1974年式MGB(KH◎N)も1980年式MGB(KH◎K)も、メーカー公示の出力はグロスで62ps。  当初「より高出力で優れた加速の車に、乗り換える。」と考えていた私は、しかしながら、MGBのバランスの良さに魅了されていきました。 そして、数年たってもMGBを手放す気にならない私は、自分自身に戸惑いました。
  「これはおかしい。 動力性能の差が、スポーツカーの魅力の差になるはずだ。 そろそろMGBに飽きてもよいはずなのに、なぜだ・・・。」 保有しているのはMGBのみ。 1台のMGBですべての用を足すという生活でした。 まさに生活の足。 スポーツタイプの4ドアセダンに試乗して、そのパワーや居住性の良さに魅力を感じましたが、MGBを手放して4ドアセダンに乗る気持ちには、ならなかったのです。 長男が生まれ、そして次男が。 4人家族とMGB1台の生活が1989年9月まで続きました。
  やがて、自分自身の回答に、私はたどりつきます。 「技術は進歩し10年も経てば、より高性能の自動車が発売される。 でもスポーツカーとして設計された自動車には、動力性能の差が決定的な魅力の差には、ならない。 最高速度の違い、加速の違い、またどれだけコーナーを速くクリアできるかは、絶対条件ではない。 そしてスポーツカーを運転する歓びは、私にとって、もうすこし違う次元にある。」
  だってほら、新緑や紅葉の高原や田園地帯を、あるいは松林がつづく海岸線を、月明かりと満天の星空の峠道を、2人でMGBに乗って走ってごらん。 時速30kmでも40kmでも、楽しいんだ。 そして1989年10月に2台目のMGB、1980年式(KH◎K)を入手。 MGBが2台あれば、4人乗れるぞ。  
長男
(2006年8月)
次男
(2006年8月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  ですが、しかし、いつもMGBの助手席の家内にとって、人生は別の様相を呈します。 台湾への単身赴任で参加できなかった2003年10月と2004年10月(2004年は浅間山噴火の影響で中止)の「The MG Day in KARUIZAWA」。 掲示することなくおわった、パネル用の文章を紹介します。
  「MG好きと知ったうえで結婚した私自身は、あきらめもつきますが、なにも知らずに生まれてきた子供達の将来をおもうと、とても心配です。 自分達の趣味は自分達でみつけ、幸せな人生を歩んでくれることを願いながら、祈るようにして毎日を過ごしています。 でもMG好きの方々が集うこのイベントが、私は好きです。・・・(以下省略)」
  男の子はみんな、父親にあこがれて(あるいは反面教師として嫌って)いつかは父親の人生をのりこえ、あこがれた(あるいは反面教師として嫌った)母親よりも素敵な伴侶を得て、家庭を築き、幸福な生活を追い求めていくのです。 それが人生。
  自動車を運転できるまでに成長した長男と次男をみて、こんなことを考えるMGB26年目の8月でした。 この長男と次男ならば、たぶん大丈夫。 でも、とても心配・・・。 はたして本当に、大丈夫なのだろうか。  


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インデックス

はじめに

第1部 MGBを入手するまで(〜1980年8月)

第2部 MGBとの生活(1980年9月〜1989年9月)

第3部 2台のMGB メキシコへ(1989年10月〜1998年9月)

第4部 日本へ それから台湾(1998年10月〜2004年12月)

第5部 ふたたび日本で そして25周年(2005年1月〜2005年8月)

第6部 新しい日々 今度は豊橋(2005年9月〜2005年12月)

第7部 めざせ26周年(2006年1月〜2006年8月)

第8部 2台あれば4人乗れます(2006年9月〜2006年12月)

第9部 みんなといっしょに横浜で(2007年1月〜2007年8月)

第10部 平穏な毎日(2007年9月〜2007年12月)

第11部 社会にでる子供たち(2008年1月〜2008年8月)

第12部 2人でふたたび(2008年9月〜2008年12月)

第13部 2台でふたたび(2009年1月〜2009年8月)

第14部 家族と2台(2009年9月〜2010年8月)

第15部 31年目のMGB(2010年9月〜2010年12月)

第16部 ドライバーの軽量化(2011年1月〜2011年8月)

第17部 めざせ32周年(2011年9月〜2012年8月)