第9部 みんなといっしょに横浜で
(2007年1月〜2007年8月)
66)点火時期の調整 2007
  中部東海地方と関東のガソリンの仕様が異なるためか、あるいは経年によるセッティングの狂い、SUキャブレター固有の季節要因か定かではありませんが、横浜に帰任してしばらくすると1974年式と1980年式MGBはノッキングを起こすようになりました。
  深夜から早朝にかけて雷を伴う強い雨に見舞われた日もありましたが年末・年始の横浜はおおむね穏やかな天候に恵まれ晴天が続いています。 そんな1月の週末、2台のMGBの点火時期を調整しました。  
1974年式MGB(KH◎N)のディストリビューター
カム駆動で機械的に開閉するコンタクトポイントをそなえた
古典的な機構の点火系部品です
(2007年1月)
1980年式MGB(KH◎K)は
すこし近代的なフルトランジスター式のディストリビューター
コンタクトポイントがなくギャップ調整不要
(2007年1月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  ガソリンのオクタン価が低すぎると、アクセルを強く踏み込んだ加速時にノッキングが発生します。 高オクタン価のガソリンを使えば症状は改善します。 同じオクタン価のガソリンを使う場合は、点火時期を遅らせるとノッキングは解消しますが、エンジンのレスポンスと燃料消費は悪化するといわれています。 さらにオーバーヒートの場合もノッキングが発生し、クールダウンすれば解消しますが、2台のMGBの症状はオーバーヒートではありません。 ドライバー固有のアクセルオンオフ、シフトチェンジの特徴と加速時の車速にディストリビューターの進角装置の作動をマッチングさせれば、ノッキングは解消するはずです。
  最初にスパークプラグを交換し、ディストリビューター指定部位へ潤滑油(20W−60のエンジンオイル)を給油。 次にエンジンをウオームアップして、ディストリビューターのロックナットを緩めます。 これで調整の準備完了。 規定の点火時期は、エンジン回転1500rpmでBDTC10°(オーナーズハンドブック記載値)です。 
ディストリビューターの内部
キャップを外した状態です
1974年式MGB(KH◎N)
(2007年1月)
ローターを外して
コンタクトポイントのギャップを調整します
規定値は0.4〜0.5mm
(2007年1月)
カムや進角装置をエンジンオイルで潤滑し
ローターとキャップを元に戻しナットを緩め
点火時期調整の準備完了
(2007年1月)
MGB MGB MGB

クランクプーリー基部の角度ゲージ
右端の指針がBDTC0°を示します
右から左へ0°5°10°15°20°
(2007年1月)
1980年式MGB(KH◎K)の
ディストリビューター内部
コンタクトポイントはありません
(2007年1月)
エンジンオイル(20W−60)で
カムや進角装置を潤滑します
他の手順は1974年式MGBを同じです
(2007年1月)
MGB MGB MGB
  エンジン回転を1500rpmにセットし、クランクプーリー基部の指針にタイミングライトを照射し、規定の点火時期BTDC10°が得られるように、ディストリビューターを手でまわしながら点火時期を調整します。 時計まわり方向の調整で点火時期は進み、反時計まわりで遅れます。 エンジンを駆動したままの調整ゆえ、回転物に衣類がまきこまれないように充分な注意が必要です。 タイミングライトのストロボが照射された瞬間に、クランクプーリーの合いマークがBTDC10°の指針の位置にくるように調整すれば、ひとまずOK。 あとは自宅周辺を走行ながら点火時期を微調整し、日常のドライビングパターンでノッキングが発生する寸前のセッティングをねらいます。  
家内と一緒に横浜市内へテストドライブ
1980年式MGB(KH◎K)
家内のねらいは横浜元町の昼食と
ウインドウショッピング
(2007年1月)
午後は1974年式MGB(KH◎N)のテストドライブ
家内も同乗して横浜ハーバーズムーンへ
ケーキとクッキーショップにティールームが併設されています
家内はアフタヌーンティーが気に入っています
(2007年1月)
1980年式 MGB 1974年式 MGB
  ひととおり調整をすませて自宅に戻ると、家内から「MGBの整備は終わったの?」との質問を受けました。 2台ともこれから最終確認のテストドライブだと応えると、家内は外出の準備をはじめました。 午前中は1980年式(KH◎K)、そして午後は1974年式(KH◎N)のテストドライブ。 保土ヶ谷バイパスで高速巡航、山手地区で坂道走行、関内から元町は市街地走行。 家内と2名定員乗車の状態で横浜市内をドライブしてノッキングの有無を確認しました。
  新港埠頭に機帆船「海王丸」が停泊中でした。 初代「海王丸」にかわり1989年に就航した練習船です。 1月中旬にホノルルに向けて遠洋航海に出航し、日本に戻るのは3月初旬の予定です。
新港埠頭に着岸中の練習船「海王丸」
来週ホノルルに向けて出航の予定
戻ってくるのは春の気配が強くなる3月初旬
(2007年1月)
MGB



67)スピードメーターケーブル 2007
  豊橋に単身で赴任していた2005年11月から2006年10月の間、毎日の通勤と月1回の横浜への帰省に2台のMGBを使っていました。 毎日使っていたためパワートレインは好調でしたが、使用頻度が高すぎたためかハーネスの結線がゆるんだりブッシュ類が劣化して、整備が必要でした。 横浜に帰任してからは、主に週末の使用に戻りましたが、1974年式MGB(KH◎N)のスピードメーターの指針が安定せず、走行中に踊りはじめました。
   スピードメーターからケーブルをたどりチェックしていくとトランスミッションハウジングのスピードメーターギヤ部のケーブルがしっかり固定されていません。 樹脂製スピードメーターギヤのねじ山の磨耗と考えましたが、取り外して確認するとスピードメーターケーブルのアルミニュームのねじ山も磨耗していました。 スピードメーターケーブルを交換したところケーブルはしっかりと固定され、指針も安定したので、軽整備で解決しました。 
長年使い続けると 磨耗するアルミニュームのねじ山
古いスピードメーターケーブル(左)を新しい部品(右)に交換しました
ワイヤー自体は使用可能ゆえ予備パーツとして保管します
(2007年2月)
MGB

最初はこの樹脂製のねじ山が原因と考えましたが
新品のスピードメーターケーブルはしっかりと固定できます
疑問に思いスピードメーターケーブルをよく見たら
ケーブル側のアルミニューム製ねじ山も磨耗していました
(2007年1月)
スチール製シャフトの黒い歯車がスピードメーターピニオン
1974年式MGB(KH◎N)は北米からの並行輸入車ゆえ
トリップとオドメーターはマイルで積算されます
このピニオンを変更するとキロ表示にできるかも知れません
(2007年1月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB

1974年式MGB(KH◎N)
トランスミッションハウジングのメーターケーブル接続部
ここから回転をスピードメーターへ伝達する古典的な機構です
(2007年1月)
すりへった樹脂製ねじ山に不安は残りますが
新品のスピードメーターケーブルはしっかり固定できたので
メンテナンスはひとまず終了です 
(2006年1月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  MGBのメンテナンス後はテストドライブを兼ねて、家内と翌週分の食材や日用品ショッピングに出かけるのが常です。 この日はスピードメーターケーブルを交換しましたが、短時間で作業が終わったので丹沢山系の宮ヶ瀬に2台のMGBで向かいました。 交換しなければいけない部品がいつも都合よく自宅にストックしてあることが、助手席の家内は不思議でならない様子。 「巣に食べ物をためこむハムスターみたい。」
  MGBに乗りはじめた当時は、手持ち部品はまったくありませんでしたし、どんな部品が必要かという知識もありませんでした。 まして自分で部品を交換する技量はあるはずもなく、「こんど同じ部品が壊れたらどうしよう」という不安を解消するために、やがて「取り外した部品を修理して在庫するか、新しい部品をストックして、次の故障にそなえる」という習慣が身につき、出先で不調になった場合は「なんとか自分で応急処置をほどこし自走で自宅に戻ろう」とするようになりました。 家内いわく「それが帰巣本能よ。」
  専門家に修理してもらい予備としてストックしてある部品は、オルタネーター、スターターモーター、ブレーキとクラッチのシリンダー、電磁式フューエルポンプ。 新しい部品を在庫しているのは、ウオーターポンプ、スピードメーターケーブルとアクセルケーブル、リバースランプのスイッチやメーター照明用のバルブ等。 「蓄えた部品と帰巣本能」のおかげでMGBはいつも自宅に戻ります。 
メンテナンスの後はみんなでいっしょにテストドライブ
予想よりもはやくメンテナンス作業が終わったので
丹沢山系の宮ヶ瀬ダムへ
(2007年2月)
MGB



68)元町チャーミングセール 2007
  嵐のように激しい風雨に見舞われた夜もあり、また気温があがらず寒い日もありましたが、ひと雨ごとに暖かさが強まり春の訪れが感じられる2月後半の週末、家内が楽しみにしていた「チャーミングセール実施中!」の元町にでかけました。 元町通りのパーキングメーターに1980年式MGB(KH◎K)を駐車させましたが、ショッピングが60分で終わるはずもなく、どれを選ぼうか迷いに迷う家内を店内に待たせて、元町第1駐車場に移動しました。  
春先と秋口 年2回の恒例イベント
「元町チャーミングセール」へ
とても楽しみにしている家内の希望で・・・
(2007年2月)
MGB

ローラアシュレイ
古風な花柄と現代的なシルエット
やさしい色調が特徴
(2007年2月)
アリス
元町で育まれたレディースカジュアル
スポーティでかわいいデザインが特徴
(2007年2月)
アンヌ・モネ
気品あるデザインと深い色調
やわらかいラインが特徴
(2007年2月)
MGB MGB MGB

ブティックミナト
思いきりのよい構図と対比配色
複数の素材をつかうユニークなデザイン
(2007年2月)
オハラ
落ち着いた色調と華やかなデザイン
50年以上の歴史ある元町の老舗
(2007年2月)
MGBは元町第1駐車場へ
これで時間を気にすることなく
ゆっくりショッピングに集中できます
(2007年2月)
MGB MGB MGB
  ローラアシュレイ、アリス、アンヌ・モネ、ミナト、オハラ。 いずれも家内が以前に気にいった婦人服を見つけたショップです。 さらに革製のバッグを手にいれたキタムラとヒロキ。 日頃のウインドウショッピングで目をつけている品々があるとは思いますが、いざとなると迷うのが「人の世の常」。 他方、どれにしようかと迷いながらも、様々な生活シーンを思いうかべながら過ごす、こうした時間が「人生最良のひととき」であることも、否定したくはありません。 品から品、店から店へと歩きまわる家内の脳裏には、たぶん数多くの選択肢が様々な「思念」とともに渦巻いていることでしょう。 「あれもこれも、これもあれも・・・。 あぁ、どうしよう。」 
ヒロキ
以前は仲通りにあった皮革・毛皮の専門店
私たちにとって目印はTDミジェット
(2007年2月)
キタムラ
アルファベット「K」がテーマデザインの皮革製品
私たちのイニシャルと同じという親近感
(2007年2月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  仲通りにある旬菜料理の時遊陣ですこし遅い昼食。 そして食後も元町ショッピング。 そのあとは山手のモトヤに移動して紅茶とケーキ休憩。 知らず知らずの間に、相当の距離を歩いていたと思います。 店員さんに案内されて2Fに着席したときに感じた心地よい足の疲れ。
旬菜料理店 時遊陣
元町で昼食をとる場合に
1998年以来ときどきお世話になっているお店です
吟味した食材をつかった定食メニューが魅力です
(2007年2月)
ブラフカフェ モトヤ
私が高校生の時はごく普通の「民家」
社会人になった当時は1Fが「喫茶店」
そして今はケーキショップ(1F)とカフェ(2F)
(2007年2月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  いろいろと迷ったけれど、よい選択ができたと思うよ。 これで春物と夏物はひととおりそろったので、9月のチャーミングセールまでは秋冬用のウインドウショッピングかな。
  2006年の春に元町のブティックミナトで見つけたブラウスを、家内は着ています。 ベースはプリント布地ですが、両肩から左胸にかけて編み目のあらいウールがオーバーラップしています。 配色はブルーの基調にブラウンという強めのコントラストです。 袖口にはブルーのレースとダークブラウンのリボン。 なだらかな肩口のカーブと対照に、左胸には鋭角的な星型のアクセント、そのウールの編み目をとおして対比配色の布地が見えます。 複数の素材を巧みに組み合わせ、互いの特徴を引き立てあうユニークなデザインです。
2006年の春にブティックミナトで見つけたブラウス
シルエット 配色 素材 いずれもユニーク しかも日本デザイン
スカイブルーが好きな家内愛用の一着です
(2007年2月)
MGB
  ブティックミナトのショウウインドウに飾ってあったこのブラウスを見つけて、吸い込まれるように店内に足を踏み入れたことを、いまでも覚えています。 欧米のデザインと私たちは思いましたが、実際は日本デザイン。 デザイナーの名前は定かではありませんが、このような作品にめぐり会うことができる元町に、感服しています。
 



69)ウッディパーク鹿沼ステージ 2007
  栃木県鹿沼市で開催されたウッディパーク鹿沼ステージ2007に参加しました。 数日間にわたって行われるクラシックカーイベントとは異なり、4月22日午前中にスタートして同日の午後にゴールするタイムラリーです。 近郊からのエントラントにとって日帰り参加ができる催しです。 とても魅力的なイベントですので、参加台数は年々増えており、開催6年目の2007年は146台がエントリー。 過去最多との発表が開会式でありました。     
出会いの森総合公園がウッディパーク鹿沼ステージのスタートとゴール
オートキャンプ場や温泉施設のある広々とした公園です
パトロールカーの先導で来賓を乗せたオフィシャルカーが先発します
(2007年2月)
MGB

1974年式MGB(KH◎N)
ゼッケン117
クルーは末弟とその長女
(2007年4月)
1980年式MGB(KH◎K)
ゼッケン131
クルーは家内と私
(2007年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  1974年式MGB(KH◎N)はゼッケン117、クルーは昨年と同様に末弟とその長女です。 家内と私の1980年式MGB(KH◎K)はゼッケン131。 父母、そして長男と次男がギャラリーとして同行しました。 2006年に長男と次男が普通自動車の運転免許を取得したので、私たちの機動力は格段に向上しました。 自動車3台に分乗した8名で、楽しい春の日曜日を過ごしました。    
ゼッケン1 1923年式ロールス・ロイス
私の父が生まれた翌年の製造です
父はとても驚いていました
(2007年4月)
ゼッケン3 ロールス・ロイス
輝くアルミと漆塗りのような光沢のボディ
1925年式
(2007年4月)
落ち着いたブルーのボディ
1926年式ブガッティT37
遠景は同年式のブガッティT35
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  スタートとゴールは、出会いの森総合公園です。 私たちがスタートした後、のこった家族はバーベキューや併設の出会いの森福祉センターで温泉を堪能することもできます。 父と次男にとって、はじめての自動車イベントです。 特に父は強く感銘を受けた様子でした。 146台中28台が1945年以前の製造。 しかもゼッケン1でエントリーしているロールス・ロイスは、父が生まれた翌年の1923年の製造です。
1974年式
シトロエンDS20パラス
上品で美しいボディラインが魅力です
(2007年4月)
豊かな曲線と曲面を形づくる
ボディパネルとウインドウガラス
時代を感じさせない見事なデザインです
(2007年4月)
1974年式
アルピーヌルノーA310
フランスを代表するスポーツカーです
(2007年4月)
MGB MGB MGB

1974年式
ランチャストラトス
WRCで大活躍した高性能車です
(2007年4月)
1974年式
ディーノ246GTS
流麗なフォルムのイタリアンスポーツカー
(2007年4月)
すべてMGB(KH◎N)と同年式
異なるデザイン 際立つ個性
家内の表情はとても複雑
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  車両検査の後、指定場所にMGBを駐車させ、受付にエントリーカードを提示して、ゼッケンやコースマップを受けとります。 装備、計器類やオイルレベルの点検をしながら各エントラントは、ドライバーズミーティングと開会式を待ちます。 徐々に高まる緊張と期待、そしてたとえようのない高揚感。
1952年式フィアット8Vザガート
私の生まれた年に製造されました
すばらしいコンディションです
(2007年4月)
何の面識もない私たちですが
久方ぶりに堺正章さんに会えて
家内は喜んでいました
(2007年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB

私にとってはとても嬉しいおどろき1927年式ベントレー
ウルフ・バナートが1928年のルマンで優勝した車です
歴史的な車が日本にあるなんて感激です
(2007年4月)
しかも登録済み ナンバープレートがついています
公道を走行することができます
来年のウッディパーク鹿沼ステージに参加してほしいです
(2007年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB

1923年の第1回からルマンに参加した
ベントレーの原点 4気筒3リッター車
この車両は1926年式
(2007年4月)
1928年式ベントレー
6気筒エンジンを搭載しルマンで2連勝
スピードシックスと呼ばれました
(2007年4月)
1939年式ラゴンダ
ベントレーが設計したV12エンジンを搭載
1939年のルマンで3位と4位
(2007年4月)
MGB MGB MGB

1926年式ブガッティT35
フランスを代表するGPレーサーです
鮮やかなブルーのボディが印象的です
(2007年4月)
1935年式シンガー9
英国3位のメーカーが製造したロードスター
はじめて実車を見ました
(2007年4月)
1934年式アストンマーティン
大活躍したライトウエイトレーサー
たしか4気筒1.5リッターのはずです
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  鹿沼市の商工会議所に実行委員会事務局がおかれる「ウッディパーク鹿沼ステージ」は、とてもこころあたたまるイベントです。 ジュニアマーチングバンド&バトンチームのさつきドリーマーズが、毎年開会式で見事な演技を披露してくれます。 また市民審査員に応募した小学生も参加し、開会式でひとりひとり紹介されます。 そして8時00分00秒に、大勢の方々のあたたかい声援と拍手とともに1923年式のロールス・ロイスがスタート。 以後、年式順のゼッケンにしたがって、各車30秒間隔で続きます。
毎年楽しい演奏と演技を披露してくれる
ジュニアマーチングバンド&バトンチーム
さつきドリーマーズ
(2007年4月)
開会式で紹介された
小学生の市民審査員
きっと自動車好きの大人になることでしょう
(2007年4月)
大勢のあたたかい拍手と声援におくられて
ゼッケン順に各車30秒間隔でスタート
全行程約127kmの競技が開始されます
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  ルートブックで指定されたコースを指定された所要時間で走行することが、タイムラリーの基本です。 チェックポイントへの早着や遅着は、すべて減点の対象。 誤差ゼロ秒のオンタイム走行が要求されます。 ウッディパーク鹿沼ステージでは、市民審査員やゲスト審査員による特別審査も行われます。
  コースは鹿沼と今市の約127km。 最初のCPは粟野町総合運動公園、その後しばらくは大芦川にそってのどかな田園地帯を走りぬけます。 大芦神社や由緒ある古峯神社にもCPが設置されていました。 古峯ヶ原街道から、桜が美しい小来川を経由して今市へ。 今市から、鬱蒼とした杉並木の例幣使街道をとおり鹿沼へ。 鹿沼市まちなか交流プラザにはスタンプポイントが2ヶ所設置されていました。 ルートブックにしたがってコースを走行した後、参加車はスタート地点の出会いの森総合公園にゴールします。
トランシーバーの作動を確認中
117号車の末弟と姪
1974年式MGB(KH◎N)
(2007年4月)
ニコニコと笑ってはいますが
無事に戻ってくるか心配そうな父
大丈夫 かならずゴールします
(2007年4月)
ウッディパーク鹿沼ステージの
ナビゲーターは3回目の家内
余裕の表情でスタートを待ちます
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  今から30数年前の独身時代。 私がエントリーしていた大学自動車部主催の計算ラリーの装備品は、ストップウオッチと手回し計算機、10m単位で計測できるトリッメーターとナビゲーター用のスポットライト。 ラリーコンピューターがまだ存在しない時代、ナビゲーターは多忙でした。 コースと目標物の指示、パスコントロールと呼ばれる指示速度変更ポイントの確認、指示速度に対する秒単位の遅れ・進みの計算と、目の回るような忙しさ。 「昔のラリーでナビゲーターはね・・・」と家内に説明しましたが、「●※▲▼???。」  トホホホホ・・・。
  全競技区間で唯一、主催者側の計測した区間距離が開示されるオドメーターコントロールポイント。 そこで自車のトリップメーター表示値を記録して、レストコントロール区間内の任意の地点に後続車の安全を確保して、停車。 ナビゲーター用スポットライトをたよりに、トリップメーターの補正率を加味しながらスタート地点から現在位置の距離と指示速度を計算して、所要時間を算出します。 次に再スタートが00秒になる位置まで車を移動させます。 そしてこれが競技中最初の、ナビゲーターの腕の見せ所です。
   時計の秒針を見ながら「再スタート5分前・・・4分前・・・3分前。」と友人のドライバーに知らせます。 「3、2、1、1分前!」と言った瞬間に、自分たちより1台まえのゼッケンを貼った「いかにも強そうなラリー仕様車」が、乾いたエキゾーストノートを響かせて走り去ったときなどは、「このラリー、ひょっとしたら入賞できるのではないか」と勇み立ったものです。 そして「あと10秒、9、8・・・3、2、1、再スタート!」 GO! GO!! GO!!!
  なかなか思うようにならないのが私の人生ですので、入賞することはありませんでしたが、今ではなつかしい思い出です。 当時にくらべれば、家内は気楽なナビゲーターだけど、こんな人生もいいもんだね。
  「スタートしたら、最初のどんつき(T字路)左、その次は最初のト字路を右ね!」 ルートブックをかかえて、私が教えた「30数年前の学生ラリー用語」で2つ先までコース図を読み上げる家内を助手席に、私は指示を復唱しながら131号車のスタートを待ちました。 
スタートゲートに移動中の117号車
スタートの予定時刻は8時55分30秒
母が撮影した画像です
(2007年4月)
117号車のドライバーは末弟
助手席はその長女
オープンカーの必需品サングラスを用意しています
(2007年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB

係員の指示に従って
ゼッケン順に整列した131号車
スタートを待ちます
(2007年4月)
スタートゲートへ向かう1980年式MGB
先行するのは1979年式モーガン
徐々に心臓の鼓動がはやくなります
(2007年4月)
ルートブックにしたがって
安全第一で順法走行
無事故・無故障で完走をめざします
(2007年4月)
MGB MGB MGB

  家内と私は今年で3回目のエントリーです。 沿道で手を振り笑顔で声援をおくってくださる鹿沼市の方々に、いつも感激します。 「皆さん商店街の店先や自宅の庭先に出てきて手を振ってくださる。 またわざわざコース沿いに出かけてきて応援してくださる。 鹿沼はほんとうに魅力的・・・」というのが家内の感想です。 いままで参加した軽井沢や長野、高野山そして岐阜の自動車イベント。 人と人との出会いはとても魅力的で、心あたたまる感動を私たちにあたえてくれます。
  これだけの笑顔と声援と善意を示してくださる鹿沼の方々に、いったいどう応えたらいいのだろうか。 帽子を振り会釈をしながら、私は自分自身に問いかけました。 初めて参加した2005年も、2006年も、私は言いようのない感動を覚えました。 そして2007年も。 「私たちよりも、はるかに心が豊かな方々なのよ。 それが鹿沼の魅力なのよ。」 たしかに家内の言うとおりだと思います。
  私が学生時代に参加した60台程度の計算ラリーですら、開催には相当の努力と情熱をかたむけた準備が必要でした。 コースの設定や、書類の準備、安全の確認。 ウッディパーク鹿沼ステージは例年100台を超える規模のイベントゆえ、関係者の方々の労力は膨大だと思います。 企画や準備と当日の運営、その後のフォローにたずさわる方々のことを思うと、感謝の気持ちがこみあげてきます。
  沿道で声援をおくる鹿沼の方々、そして実行委員をはじめ運営にたずさわる多くの方々の、熱意と尽力で魅力的なイベントが開催されて、大勢の自動車好きの人たちが鹿沼に集まります。
大芦川沿いのワインディングロード
やがて大きな鳥居がみえてきます
第6CPの古峯神社へつづく道です
(2007年4月)
小来川地区の渓流と山桜を眺めながら
快適に走行
ラリーのコースは今市に向かいます
(2007年4月)
江戸時代からの歴史が刻まれた
例幣使街道で今市から鹿沼へ
鬱蒼とした杉並木とすがすがしい空気
(2007年4月)
MGB MGB MGB

131号車から撮影した末弟の117号車
指示速度は時速40km
とても快適に走行できるコースでした
(2007年4月)
出会いの森総合公園で
競技車を迎えてくれたゴールゲート
快晴の青空
(2007年4月)
1974年式 MGB 1980年式 MGB
  古峯神社が第6CP。 その後小来川地区を通って、今市から例幣使街道で鹿沼へ。 やさしい春の日差しとさわやかな風をうけて、2台のMGBはミスコースもせずに完走することができました。 127kmを走行して参加車は出会いの森総合公園に戻ります。 昼食のバーベキューの後は、閉会式まで自由時間。 あらためて指定のグリッドに駐車中のエントリー車を1台1台見てまわりました。
  驚いたことに、MGのエントリーは合計18台。 全参加車の12%強に相当します。 最も古いMGは1933年式J2ミジェット、新しいのが1980年式MGB(KH◎K)。 47年の車齢差です。 年式もデザインも異なりますが、いずれのモデルもMGが得意としたオープン2シーター。 見ているだけでも楽しいのに、オーナーの方々と知り合うことができるのです。 あと6年たてばRV8が、そしてMGFは7年待てばエントリーできるはずです。 「年式差が半世紀をこえる様々なMGが鹿沼市に集合!」 考えただけでも胸がおどります。
  「あと6、7年も乗るつもりなの?」と家内。 「うん。 そうだよ。 だって今年で27年目。 これだけ乗っても大丈夫だったから、あと6、7年はなんとかなるよ。」 「30年以上も休みなしに走りまわったら、MGBだってガタガタになるわよ。 新しい車にしたら?」 「あそこのNタイプマグネットは1935年式、あっちのJ2ミジェットは1933年式だぜ。 メンテナンスしていればMGBでも、大丈夫だよ。」 「ああいう車は、いつもは車庫に保管して、普段は別の車をつかうのよ。 いっつ〜もMGBの私たちとは、ちがうのよ。」 「MGBはきらいなのか?」 「いやじゃないけど、もっと新しい普通の自動車にも乗りたいの!」 うぅっ。 聞かなかったことにしようっと。
1933年式J2ミジェット
4気筒OHCを搭載
驚くほどコンパクトなロードスター
(2007年4月)
1935年式Nタイプマグネット
6気筒OHCを搭載したMGです
まさにレーシングスポーツカーの典型です
(2007年4月)
1947年式TCミジェット
戦前のTAやTBのデザインを継承する
4気筒OHV搭載のロードスター
(2007年4月)
MGB MGB MGB

1951年式TDミジェット
ボディはTCと見分けがつきません
TDの標準装備はスチールホイール
(2007年4月)
1954年式TFミジェット
グリルの傾斜やヘッドライトが
TCやTDとの識別点です
(2007年4月)
TCからTDとTFへ受け継がれ
そしてMGAに継承された
ライトウエイトスポーツカーの系譜
(2007年4月)
MGB MGB MGB

TFの後継車として開発された
試作車が1955年のルマンに出場
後にMGAとして発売されます
(2007年4月)
ラダーフレームにオープンボディを架装
どこから見ても美しいロードスター
このMGAツインカムは1959年式です
(2007年4月)
1800cc4気筒OHVを
モノコックボディに搭載
1964年式MGB
(2007年4月)
MGB MGB MGB

1974年式MGB(KH◎N)
ラバーバンパーをクロームメッキに改造
3連ワイパーが特徴の北米仕様でした
(2007年4月)
1980年式MGB(KH◎K)
1980年10月で生産が終了したMGB
このMGBは1980年6月生産です
(2007年4月)
ゼッケンを表示した参加証
コース図を記載したパンフレット
私たちにとって記念の品です
(2007年4月)
MGB MGB MGB
  年々大きくなるゼッケンの番号が、ウッディパーク鹿沼ステージの人気を示します。 1974年式MGB(KH◎N)で初参加の2005年、ゼッケンは91、昨年が102、そして2007年が117。 1980年式MGB(KH◎K)は昨年がゼッケン115、今年は131。 出場車の年式順にゼッケンがわりふられますので、1974年より古い年式のエントリーが、増えていることがわかります。
  7回目の開催となる来年は、さらに多くのエントラントが入念にメンテナンスしたクラシックカーで、鹿沼に集まることでしょう。 公道をつかう、しかも1945年以前に製造された自動車もエントリーするイベントが毎年鹿沼で開催されていると、しきりに感心する父と母。 特に自分の幼少期に製造された自動車が、目の前を実際に走りぬけるのを見た大正生まれの父は、とても感激していました。 いわく「若いころ自動車は高嶺の花で、こんな競技は一生かかっても見ることはできないと思っていた。 日本はほんとうに豊かになった」と。 たしかに日本は豊かになりました。 でもそれを可能にしたのは父と同世代の人たちだと、私は思います。 その人たちのおかげで、今の日本があるのです。
  来年もみんなでいっしょに鹿沼に来ようと話しながら、横浜に戻りました。
みんなで記念撮影
私 長男 家内 父 母 姪 末弟 次男
131号車(左)と117号車(右)
(2007年4月)
MGB



70)スターターモーターの交換 2007
  スターターリレーの作動不良によって1980年式MGB(KH◎S)のエンジンが始動不能に。 週末のショッピングに出かけたスーパーマーケットの地下駐車場での出来事です。 家内と私では力不足で押しがけスタートもできず、結局JAFのサービスカーで5mほど牽引してもらいクラッチをつなぎ、惰性でエンジンを再始動。 エンジンストールしないよう慎重に運転して、無事に自宅まで戻りました。 すぐにリレーを交換し、この機会にストックしてある予備のスターターモーターを装着しました。   
27年間はたらき続けた純正のスターターリレー
英国ルーカス製です
(2007年5月)
配線をすませた汎用リレー
1974年式MGB(KH◎N)の工具箱のストックを流用
(2007年5月)
MGB MGB
  リレーの交換は20分程度で完了し、1980年式MGB(KH◎S)のエンジンは、従来どおりスターターモーターで始動するようになりました。 しかし、スターターモーターのクランキングスピードが遅く、ここ数ヶ月気にかかっていたので、予備のスターターモーターと交換することにしました。
メーカー純正の英国ルーカス製のスターターモーター
クランキングの回転が弱いので交換することにしました
(2007年5月)
専門ショップで修理しストックしてあった予備の部品
ルーカスサービスUKのラベルが貼ってあります
(2007年5月)
MGB MGB

スターターモーターの性能が向上したので
純正品より小型軽量でも遜色はありません
(2007年5月)
スターターモーターの防水カバー
軟質の合成樹脂製です
(2007年5月)
MGB MGB
  バッテリーのマイナスターミナルからアースのハーネスを外し、ガレージジャッキでリフトアップ、ボディはスタンドで支えて作業準備は完了です。 MGBのスターターモーターには防水カバーがついていますので、最初にこのカバーを外します。 次にスターターモーターのメインハーネスとソレノイドスイッチ用ハーネスコネクターを外せば、あとは本体を固定するボルト2本を外すだけです。 取り付けは逆の手順です。
  作業は順調にすすみ、約1時間でスターターモーターの交換をすませました。  
スターターが作動することを確認した後
汎用リレーを所定の位置に固定します
(2007年5月)
交換したスターターモーター
この状態で防水カバーを被せます
(2007年5月)
MGB MGB
  地下駐車場でスターターが作動しなくなった時、スターターリレーが原因と考えました。 リレーに手を添えながらスターターONにしてもリレーの作動振動を感じません。 さらにヘッドライトを点灯したままスターターONにしても、ライトの明るさは変わりませんでした。 スターターONでライトが暗くなる場合、スターターリレーとスターターソレノイドは正常です。 リレーの作動振動を感じるのにライトの明るさが変わらずスターターも作動しない場合は、スターターソレノイドが原因と考えますが、リレー自体が作動していない様子なので、まずリレーの作動を回復する必要があります。
  その場でリレーを交換できれば解決したはずですが、残念ながら交換するべき新品のリレーが手許にありません。 もともと工具箱にストックしてあった汎用リレーは2006年4月に豊橋でフューエルポンプ用のリレーとして使ってしまい、補充するのを忘れていました。 自宅の1974年式MGB(KH◎N)の工具箱には、ちゃんと予備のリレーがストックしてあるのに、よりによって予備を積んでいない1980年式MGB(KH◎S)のリレーが作動不良とは、ほんとうに不運・・・。 スーパーマーケットでは自動車用の汎用リレーを取り扱っていません。 非力な私と家内では押しがけスタートもできませんでした。 そしてJAFにSOS。
スターターモーターの交換作業中
ガレージジャッキとスタンドでリフトアップ
1980年式MGB(KH◎S)
(2007年5月)
MGB
  「2002年の夏、札幌でJAFにお世話になった」と家内と話しながら地下駐車場の入口でJAFの到着を待ちました。 「今度はどんな人が来てくれるのかしら・・・」と家内。 JAFのサービスカーが到着した途端に家内の表情が明るくなったのが、私にもわかりました。 横浜市内のショッピングといえども乗ってきた自動車が故障した場合、とても不安です。 すばやい故障状況の把握と的確な判断。 「サービスカーで牽引しますので、押しがけの要領でエンジンを始動させてください。」 そしてエンジン始動! 「さすがプロね。」と家内はしきりに敬服しています。 ほんとうにありがとうございました。
  そうだ。 忘れないうちに汎用リレーを工具箱に各1ヶ、補充しておこう。 万が一のときのために・・・。 「万が一? 確率はもっと高いのではなくって?」 意図したわけではありませんが、家内に心配をかけてしまった5月初旬の週末の出来事でした。
  「へぇぇ、そんなことがあったの。 でもね、そんな時はバッテリーのプラスとソレノイド端子を直結するとクランキングはできるよ。 イグニッションをONにしておいてリード線でスターターソレノイドに電源を供給すればいいんだよ。」と週明けに自宅に立ち寄った自動車整備士資格を持つ末弟。 「そうかっ、そんな手があったのか! 思いつかなかった。 リード線直結と予備のリレーの2段構えだ。 これなら大丈夫!」と私。 「えへっ。 プロとアマの違いだね。 現場の経験は伊達じゃないのさ。」 確かに、おっしゃるとおりです。
  末弟が帰ったあと、家内が私に言いました。 「ねぇ、横で聞いていると、まるでMGBが故障するのを待ち焦がれて楽しんでいるように見えるわよ。」 えっ、ほんと? 気をつけよう。   



71)別所温泉 2007
  結婚25年をむかえた5月末、1974年式MGB(KH◎N)で家内といっしょにツーリングに出かけました。 25年前に訪れた場所を再訪しようというのが趣旨です。 選んだ目的地は別所温泉。 1982年に軽井沢に向かう途中でメカニカルトラブルが発生し、予定を変更して宿泊しました。 国宝や重要文化財の指定をうけた古刹がならぶ、とても落ち着いた雰囲気の温泉です。   
1982年8月のツーリング
MGBのメカニカルトラブルで旅程を変更
別所温泉に宿泊しました
(1982年8月)
25年後に再訪した別所温泉駅
雰囲気はほとんど変わりません
成長した樹木が年月を物語ります
(2007年5月)
MGB MGB

上田電鉄別所線
上田駅と別所温泉駅間を
2両編成で運行していました
(1982年8月)
引き込み線で車輌の交換
前後の車輌を入れ替えてから
上田に向けて折り返し運転
(1982年8月)
運行中にもかかわらず
記念撮影
ほんとうにありがとうございました
(1982年8月)
MGB MGB MGB

別所温泉駅に観光協会の窓口と
レストランが併設され
駐車場も整備されました
(2007年5月)
2両編成の車輌が
引き込み線に展示されていました
1982年と同じ車輌かも知れません
(2007年5月)
現用の車輌も2両編成でした
車体はアイボリーとダークブルー
屋根にはクーラーが装着されています
(2007年5月)
MGB MGB MGB
  横浜の自宅を早朝に出発し、国道141号線で野辺山高原へ。 清里で休憩後、国道299号線で麦草峠を越えて白樺高原から松本に向かいます。 松本城を見学した後は、鹿教湯温泉を経由して別所温泉へ。 1982年のルートを踏襲してのツーリングです。
清里高原の清泉寮
(2007年5月)
清泉寮の牧草地
(2007年5月)
八ヶ岳連峰には雲がかかっていました
(2007年5月)
MGB MGB MGB

野辺山のJR踏切最高地点
(2007年5月)
白樺高原の女神湖
(2007年5月)
国宝 松本城
(2007年5月)
MGB MGB MGB

臨泉楼 柏屋別荘
(2007年5月)
部屋から見た庭園
(2007年5月)
MGB MGB

庭園のつつじは43種類2600株
(2007年5月)
毎年5月がつつじのシーズン
(2007年5月)
ほんとうに見事な庭園でした
(2007年5月)
MGB MGB MGB

柏屋別荘のロビー
(2007年5月)
和風と洋風が見事に融合した建屋と調度品
(2007年5月)
大正や昭和初期の雰囲気です
(2007年5月)
MGB MGB MGB

安楽寺
(2007年5月)
国宝の八角三重塔
(2007年5月)
北向観音堂
(2007年5月)
MGB
MGB
MGB

静かで落着いた雰囲気の食事処
(2007年5月)
真田幸村の隠し湯 石湯
(2007年5月)
柏屋別荘の夜景
(2007年5月)
MGB MGB MGB
  翌日は国道18号線で上田や小諸を経由して、軽井沢へ移動しました。 懸念した雨は降らず、天候に恵まれた楽しいツーリングでした。 
新緑を満喫するツーリングでした
(2007年5月)
上田城
(2007年5月)
真田神社
(2007年5月)
MGB MGB MGB

旧軽井沢のメインストリート
(2007年5月)
聖パウロ協会
(2007年5月)
軽食休憩に立ち寄ったレストラン
(2007年5月)
MGB MGB MGB

しゃれた内装と家具
(2007年5月)
静かな店内に落ち着いた音楽
(2007年5月)
家族的な雰囲気のレストランでした
(2007年5月)
MGB MGB MGB
  25年ぶりに訪れた別所温泉。 当時と変わらぬ山々の景観や街並みでしたが、私たちがうける印象は異なりました。 日本古来の建築物や庭園、西洋の様式をたくみに取り入れた和風の建屋や調度品、生活様式に言い表しがたい魅力を感じたのです。   
1982年に訪れた
白樺高原の女神湖
(1982年8月)
当時と同じルートをたどって
再訪しました
(2007年5月)
MGB MGB

左へ進むと別所温泉
右奥に戻ると鹿教湯温泉
(2007年5月)
25年前はこの直後にメカニカルトラブルが発生し
予定を変更して別所温泉に宿泊しました
(1982年8月)
MGB MGB
  私たちが宿泊した柏屋別荘の客室には、陶器の香炉が置いてあり日本茶の香りが部屋中にたちこめていました。 話に聞いてはいましたが、茶香炉を体験したのは初めてです。 日本茶のかわりに粗挽きのコーヒーを使ったらコーヒーショップと同じ香りがするのかな? 乾燥させた柑橘類の表皮ではどんな香りがするのかしら? 紅茶は? ウーロン茶は? 疑問続出、興味津々。 さっそく軽井沢で茶香炉を入手しました。
  25年前のルートをたどるツーリングは、日本の生活様式の魅力を再認識する旅でもありました。    
ツーリングの途中に立ち寄った軽井沢で家内が選んだ茶香炉と
香炉にあわせて別の店舗で入手した木製の敷台
(2007年6月)
MGB



72)キングピンとスタブアクスルの交換 2007
  右カーブにあわせてステアリングをきりながら巡航したり、直進中にフットブレーキで制動をかけたときに、1974年式MGB(KH◎N)のフロントからタイヤのうなり音が発生するようになりました。 ジャッキアップして点検したところ、左スタブアクスル最下部のグリースニップルが外れて失われていました。 在庫していた予備のニップルを装着してグリースアップするとタイヤのうなり音はしなくなりましたが、300kmほど走行すると再発。 グリースアップするとうなり音は一時的に消えますが、頻繁なグリースアップが抜本的な解決策ではありません。
  自動車整備士の資格を持つ末弟に連絡をとり状況を説明した結果、キングピンとスタブアクスルをアッセンブリー交換することにしました。 涼しい毎日が続いた2007年7月の週末に交換作業を実施。 これによりタイヤのうなり音は解決しました。    
英国車部品専門ショップBRGで入手した
キングピンとスタブアクスルのアッセンブリー
ラバーブッシュやボルト類も新品部品に交換しました
(2007年7月)
MGB
  スタブアクスル最下部のグリースニップルは、フルクラムブッシュを潤滑するグリースを供給します。 このニップルが失われたため走行中にグリースが流失。 フルクラムブッシュが偏磨耗したと思われます。
  フルクラムブッシュの偏磨耗はスタブアクスルにがたつきを発生させます。 キングピンはスタブアクスルを中心に左右にステアする構造ですので、スタブアクスルのがたつきはキングピンからホイールベアリングを介してフロントホイールハブとフロントタイヤに伝達されます。 カーブを走行したりフットブレーキの制動でフロントに過重が移動した際に、がたつきによって左フロントタイヤのトーアングルが変わり、タイヤのうなり音が発生したと推測しました。
  2007年4月ウッディパーク鹿沼ステージの直前に2台のMGBをグリースアップした際には異常ありませんでしたので、グリースニップルが外れたのはそれ以後です。 また、ニップルホールのねじ山はつぶれていないので、グリースニップルは走行中の震動で緩んで外れたものと考えました。 グリースアップしてから異音に気がつくまで5月の別所温泉へのツーリングも含めて1974年式MGB(KH◎N)は、2000kmほどを走行しています。       
キングピンを取り外した状態
ダブルウィッシュボーンのフロントサスペンション
(2007年7月)
新品のキングピンとスタブアクスルを組み込み
ステアリングアームとブレーキのバックプレートを装着
(2007年7月)
MGB MGB
  偏磨耗したフルクラムブッシュを良品に交換すれば、キングピンとスタブアクスルをアッセンブリー交換せずともOKのはずです。 しかしスタブアクスルへのフルクラムブッシュ圧入とリーマー加工は、私の技量と手持ちの工具では不可能と考えました。 末弟も同意見でしたのでアッセンブリーで交換することにして、作業の注意点を電話で末弟に教えてもらい、7月の週末に自宅で作業を開始しました。
  しかし初日の作業は失敗しました。 キングピンにブレーキキャリパーを固定するボルト2本とステアリングアームを固定するボルト2本を緩めることができなかったのです。 手持ちのレンチではアームが短すぎてボルトを緩めるにはトルクが不充分、金属パイプをエクステンションアームにしようとしてもパイプがボディに干渉してしまうという状況でした。 ハブの割りピンを外してハブナットは緩めたのに、それ以降の作業がすすめられません。 残念至極、作業中止。 末弟に電話でSOSコンタクト。 「ボディに干渉してエクステンションもだめなの?  それじゃ来週、工具をもって見にいくよ。」  ボルトをねじ切る恐れがあるのでエア作動のインパクトレンチが必要かも知れない、家内はもう寿命と言っているとオロオロしながら状況を説明する私に、電話口の末弟は冷静にこたえました。       
とても頼もしい援軍到着
自動車整備士の資格を持つ末弟とその長女
ハブの割りピンとハブナットは私が先週に作業済み
(2007年7月)
MGB
  一週間後、とても頼りになる強力な援軍が大きな工具箱と予備のジャッキをかかえて到着しました。 「どれどれ、見てみようか・・・。」と言いながら作業を開始すると、ものの5分とたたないうちに4本のボルトは緩み、キングピンからブレーキキャリパーとステアリングアームを分離することができました。
  さすがプロフェッショナル! 作業手順もしっかりしているし動作に無駄がありません。 しかもすばらしい工具がそろっています。 エクステンションバーにはジョイントが組み込まれていて角度が自由に変えられます。 これならばボディに干渉させることなくエクステンションバーを扱えます。
末弟は「こうすればいいんだよ」と作業を開始
さすがプロフェッショナル
たちまちブレーキキャリパーとステアリングアームのボルトは緩みました
(2007年7月)
MGB
  さらに末弟のスパナを手にした私は腰をぬかさんばかりに驚きました。 U字と円形が複合した開口部でした。 私のスパナの開口部は一般的なU字型です。 「なんじゃこりゃ」と奇声を発した私に、末弟は「へへへっ、びっくりしたでしょ? 円形の部分が逃げになってボルトやナットの角を傷つけにくいというスパナなんだよ。」  開口部をこの形にすることによって、6角ボルトやナットの面にスパナがよりフットするデザインです。  
ハブベアリングを交換中
ホイールハブとブレーキキャリパーを装着すれば
キングピンとスタブアクスルの交換作業は完了します
(2007年7月)
キングピンとスタブアクスルをグリースアップ
フロントタイヤを装着して準備完了
末弟と一緒にテストドライブに出発します
(2007年7月)
MGB MGB
  「MGBって1980年に生産中止だったよね。 それでもキングピンとスタブアクスルがアッセンブリー部品で出るんだね。 それだけじゃなくてラバーブッシュやボルト類まで入手できるとはねぇ・・・。」  MGBの部品供給に自動車整備士の資格を持つプロの末弟が感心し、プロの作業手順と工具にアマチュアの私が驚いた2007年7月の週末でした。



73)夏季限定週末行動様式 2007
  表意文字である漢字は、少ない文字数で言わんとするところを表現できます。 エピソードのタイトルは「夏季限定週末行動様式」の10文字です。 表音文字の他言語で同じ意味を伝達しようとする場合、この3倍か4倍の文字数を要することでしょう。 古代中国で発祥し日本にも伝わった漢字は、東洋文化を構成する重要な要素のひとつです。
  日中は暑くても朝晩はとても涼しい6月と7月でしたが、8月にはいった途端に本格的な夏がやってきました。 この時期、私たちは週末の行動パターンを変更します。 洗車や軽整備は早朝にすませ、気温が高い午前10時から午後5時頃までは外出をひかえ、夕方にMGBで週末のショッピングに出かけます。    
日中の暑さが和らいで
ほんの少ししのぎやすくなった
元町通りの商店街
(2007年8月)
1980年式MGB(KH◎S)
パーキングメーターのグリッドに駐車
ショッピングの制限時間は60分です
(2007年8月)
MGB MGB
  クーラーを装備しているとはいえ1980年式MGB(KH◎S)での外出は、炎天下は避けたほうが無難です。 ブラックの幌は太陽の熱を吸収してパッセンジャーコンパートメントは相当の温度になります。 当然のこととしてクーラーを作動させます。 走行中は快適ですが交通渋滞に遭遇した場合、冷却水の温度は急激に上昇してオーバーヒート寸前です。 ヒーターを全開にしてオーバーヒートを回避しますが、熱風はすべて室内に放出されます。 つまり乗員がオーバーヒートしないようにクーラーを作動させて、MGBがオーバーヒートしないようにヒーターを作動させなければならないという、手段と目的が錯綜し矛盾に満ちた状態に陥るのです。
  炎天下のこの状態は、第三者からみても、また私たち自身も冷静に考えれば、あきれ果てて言葉もない状況といえます。 これを避けるために晴れた週末、私たちのショッピングは夕方から始まります。
パーキングメーターの時間指定は60分
私たちは足早に商店街を進みます
(2007年8月)
家内はときおりウインドウショッピングを希望
こればかりはいたしかたありません
(2007年8月)
MGB MGB

元町通りに面したスーパーマーケット ユニオン
ショッピングリストを片手にGO! GO!! GO!!!
(2007年8月)
MGB

元町通りと並行する仲通り
素敵なレストランが並ぶ通りです
(2007年8月)
たそがれ時の商店街
ショーウインドウの照明が際立ちます
(2007年8月)
MGB MGB

到着時は明るかった空も徐々に暗くなって・・・
(2007年8月)
・・・60分後にはすっかり夕闇につつまれます
(2007年8月)
MGB MGB
  パーキングメーターの制限時間内にショッピングをすませるよう行動しますが、制限時間をオーバーする場合、私たちはショッピングを中断し別の場所に移動します。 この日は元町から横浜みなとみらい21の新港地区に移動し、12・14街区のワールドポーターズ1Fのスーパーマーケットでショッピングを再開しました。
  道路をはさんで15街区は観覧車のあるコスモワールド、13街区には横浜国際船員センターのナビオス横浜が隣接しています。 メキシコから船積みしたMGBの輸入通関を行なった横浜税関山下埠頭出張所は、ワールドポーターズ斜め前の9街区にあります。  
横浜ワールドポーターズ
1Fのスーパーマーケットでも週末ショッピング
(2007年8月)
MGB

ワールドポーターズは道路をはさんで
横浜コスモワールドやナビオス横浜に隣接しています
(2007年8月)
臨港貨物線を遊歩道にした汽車道
ナビオス横浜ごしに見える赤レンガ倉庫
(2007年7月)
MGB MGB
  ひととおりショッピングをすませた後は、夕涼みをかねて周辺を散歩。 新港地区のナビオス横浜から汽車道をたどって中央地区23街区の日本丸メモリアルパークへ、その後は北仲通りから馬車道へとぬけて、海岸通りの万国橋を渡って新港地区に戻りました。   
汽車道の線路はナビオス横浜をくぐります
振り返ると正面にランドマークタワー
(2007年8月)
汽車道をランドマークタワーに向かって歩くと
中央地区23街区の日本丸メモリアルパーク
(2007年8月)
MGB MGB
  汽車道は1986年から1987年にかけて段階的に廃線となった臨港貨物線を再開発した遊歩道です。 日本丸メモリアルパーク脇からスタートした場合、2つの鉄橋をわたりナビオス横浜をくぐって赤レンガ倉庫に至ります。 赤レンガ倉庫の横には引込線のプラットホームが残されています。 臨港貨物線の廃線跡をたどる遊歩道は、赤レンガ倉庫から大桟橋の入り口を経て山下公園に至ります。 赤レンガ倉庫から山下公園までの遊歩道は、山下臨港線プロムナードと呼ばれます。 昼間の暑さがすこし和らぐ夕刻、港の夜景を眺めながらの散歩には独特の趣きがあります。  
遊歩道からアクセスできる大桟橋
(2007年8月)
大桟橋から見えるみなとみらい21地区
(2007年8月)
反対側にはベイブリッジ
(2007年8月)
MGB MGB MGB
  蒸し暑くて寝苦しい夜は、丹沢や箱根に納涼ドライブに出かけることもあります。 仮眠をとった後、もそもそと起きだしてシャワーを浴びてリフレッシュ。 MGBのフードをたたみトノカバーを装着し、騒音をださないようにアイドリングに近いエンジン回転で自宅を出発します。     
蒸し暑くて寝苦しい夜は納涼ドライブ
この夜のルートは丹沢箱根方面
(2007年8月)
オ−プンで走行すると気温は4−5度ほど低く感じます
道の駅「どうし」でウインドブレーカーをはおりました
(2007年8月)
MGB MGB
  生暖かく肌にまとわりつくようによどんだ横浜の空気は、郊外にさしかかると虫の音や樹木の香りとともに心地よい夜風に変化し、私たちをつつみます。 丹沢山系に入ると空気はさらに清々しく、そして甘く感じられます。 宮ヶ瀬から道志をぬけて山中湖に近づくにつれて、夜空の星はその輝きを増し、夜風はますます涼しく、ときおり樹木から落ちる夜露がウインドシールドにはじけます。
  時速40〜50kmで走行すると山の夜風はとても冷たく、道の駅「どうし」で私たちはウインドブレーカーをはおりました。 持参したポットのコーヒーで体を暖めて再出発。 月が西にかたむき夜空が白み始める午前4時ごろ、山中湖畔に到着しました。 山中湖から籠坂峠を下って御殿場へ、そして長尾峠を越えて芦ノ湖へ。 日の出の時刻をむかえるころ、私たちは箱根湯本に向かって国道1号線の旧道を下っていました。     
夜空が白みはじめた午前4時ごろ山中湖畔に到着
空は徐々にオレンジにかわりきれいな朝焼けとともに
あたらしい猛暑の一日がまたはじまることを予感させます
(2007年8月)
MGB
  箱根湯本から小田原へ、そして海を右手に見ながら西湘バイパスを東進します。 太陽はその高度を増すにつれて白く輝きはじめ、海岸の朝靄はまたたく間に消えていきます。 夏特有の強い潮の香りにつつまれて西湘バイパスを巡航する私たちはサングラスを取りだし、徐々に上昇する気温と競争するようにして、横浜を目指します。 そして午前6時30分、1980年式MGB(KH◎S)は自宅に戻りました。 MGBのボディとウインドシールドはうっすらと白いベールをかけたように見えます。 箱根の夜風で冷えきったところに、塩分を含む暖かく湿った湘南の潮風にさらされたためです。 家内が朝食の準備をしている間に、私はMGBを洗車。 冷水シャワーで自分自身もリフレッシュ、そして朝食。 心地よい疲れと充実した気分。 気温が高い日中は外出せず、夕方まで「お昼寝」です。 太陽が西にかたむくと、家内といっしょにMGBで夕方のショッピングに出かけます。
  たぬきやももんがのような夜行性の傾向が顕著にあらわれる、それが私たちの夏季限定週末行動様式です。     



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インデックス

はじめに

第1部 MGBを入手するまで(〜1980年8月)

第2部 MGBとの生活(1980年9月〜1989年9月)

第3部 2台のMGB メキシコへ(1989年10月〜1998年9月)

第4部 日本へ それから台湾(1998年10月〜2004年12月)

第5部 ふたたび日本で そして25周年(2005年1月〜2005年8月)

第6部 新しい日々 今度は豊橋(2005年9月〜2005年12月)

第7部 めざせ26周年(2006年1月〜2006年8月)

第8部 2台あれば4人乗れます(2006年9月〜2006年12月)

第9部 みんなといっしょに横浜で(2007年1月〜2007年8月)

第10部 平穏な毎日(2007年9月〜2007年12月)

第11部 社会にでる子供たち(2008年1月〜2008年8月)

第12部 2人でふたたび(2008年9月〜2008年12月)

第13部 2台でふたたび(2009年1月〜2009年8月)

第14部 家族と2台(2009年9月〜2010年8月)

第15部 31年目のMGB(2010年9月〜2010年12月)

第16部 ドライバーの軽量化(2011年1月〜2011年8月)

第17部 めざせ32周年(2011年9月〜2012年8月)