第10部 平穏な毎日
(2007年9月〜2007年12月)
74)長男と次男が選んだ車 2007
  2006年に運転免許を取得した長男と次男が、2007年にオーナードライバーとなりました。 思い返せば今から35年前の1972年にトヨタスポーツ800を入手してオーナードライバーとなった私と同じ道を、長男と次男は歩みはじめています。 自分の好きな車を探して入手できるまでに成長した子供たち。 長男はユーノスロードスター、次男はマーチカブリオレを選びました。  
長男が選んだ車
1994年式ユーノスロードスター
スポーツカーの古典的な概念を現代の技術で表現した車
(2007年7月)
次男の選択
1999年1月登録のマーチカブリオレ
オープンボディに電動フードを装備したキュートな車
(2007年9月 軽井沢)
ユーノスロードスター マーチカブリオレ
  マーチカブリオレは1995年の東京モーターショーに参考出品、1997年8月から1998年10月に生産されました。 ベースとなるマーチ(K11)は1992年に発売が開始されました。 ユーノスロードスターは1989年の販売開始です。
  日本の自動車メーカー、パーツメーカーの設計と製造品質は、当時すでに世界をリードするレベルでした。 だから基本品質は大丈夫。 「日頃からメンテナンスされた車ならば心配はいらない。 新車でなくても安心して運転することができるよ。」 ほしい車は製造中止で中古車しかないと不安そうな表情の子供たちに、私はこたえました。
  「気に入った車を数台、乗り比べてごらん。」 エンジンの始動性。 走り始めたときの各部の振動。 加速や制動時、それに道路の段差やカーブでのボディのゆれ具合。 ステアリングやミッションのタッチ。 「試乗して比較すれば、日頃からメンテナンスされた車の違いは、きっとわかるよ。」    
4気筒DOHC1300cc
フロントエンジン フロントドライブ
トランスミッションはCVT
(2007年9月 軽井沢)
オーナードライバーともなれば
おのずと次男の行動範囲は広がり
生活様式も多様化します
(2007年9月 軽井沢)
マーチカブリオレ マーチカブリオレ

好きな時間に出発し 好きなルートをたどって
自分たちで選んだ目的地に到着し
持参した機材と食材で自分たちの食事を準備する
(2007年9月 軽井沢)
残暑の首都圏をはなれ
澄んだ空気と開放感あふれる高原で
ゆったりした時間を楽しむことが可能です
(2007年9月 軽井沢)
マーチカブリオレ マーチカブリオレ
  1972年に入手したトヨタスポーツ800や1980年に入手したMGBと比較にならないほど、次男のマーチカブリオレのコンディションはとても良好です。 入手時の車齢はほぼ同じなのに。
  トランスミッションはCVT。 エンジンブレーキがよく効きます。 東京と横浜をつなぐ第3京浜。 下り本線から時速80kmを維持したまま港北インター出口へ。 出口のアプローチと本線を区切るラインを超えた瞬間にDからDにシフトダウン。  アクセルから足を離したままにすると、フットブレーキに頼らなくてもアプローチの左カーブをクリアできる程度に、減速することができます。 マニュアルトランスミッションのMGBと同じ感覚のエンジンブレーキ。  「すごい! これがCVTの性能なのか、車両重量とエンジン出力のバランスが良いからか? しかも総合的にコンディションがとても良い。 初年度登録が8年前とは思えない・・・。」と、運転しながら感心する私。
  「最近の自動車はみんなこうなのかも知れないわよ。 時代は変わっているのよ。」と後席の家内。 「よい車だと思う?」と、助手席の次男。 「うん。 すばらしい車だと思うよ。」
4気筒DOHC1800cc
フロントエンジン リヤドライブ
5速マニュアルトランスミッション
(2007年9月)
サスペンションは4輪ダブルウイッシボーン
LSDが標準装備
車両重量990kg
(2007年9月)
ユーノスロードスター ユーノスロードスター
  長男が探し出したユーノスロードスターは1994年式。 エンジンもサスペンションも、そしてボディも無改造のノーマルです。 当時のオーナーズハンドブックまでついています。 トランスミッションは5速マニュアル。 エンジンは1800ccDOHC、4輪ダブルウイッシュボーンのサスペンション、標準装備のLSD、そして1トンに満たない車両重量。
  「この車、どう思う?」と、運転席の長男。 「5速マニュアルのユーノスロードスターで無改造ノーマルをよく探し出せたね。 初年度登録から13年たっているのにエンジン、トランスミッション、デフ、サスペンションともに満足できるコンディションだよ。 ステアリングやホイールベアリング類もしっかりしているので、きっと日ごろから充分なメンテナンスを受けてきた車だと思うよ。」と、助手席の私。
選んだことをオーナーが誇りに思ってもよい車
ほとんど失われていた2人乗りオープンカーのトレンドを
日本のメーカーが世界に問いかけた車
(2007年9月)
そして自動車好きの人々がその問いかけにこたえ
世界の自動車メーカーが2人乗りオープンカーを
開発するきっかけとなった車
(2007年9月)
ユーノスロードスター ユーノスロードスター
  自動車が好きだけれども、新車のスポーツカーにはまだ手がとどかない。 そんな長男が独力で入手して維持することができる格好のエントリーカー。 高出力、高トルク、圧倒的な加速と最高速度のスポーツカーはたくさんあるけれども、それらと異なる次元で自動車を運転することの楽しさを経験することができる、数少ないスポーツカーのうちの1台。
  2人乗りオープンタイプのライトウエイトスポーツカーは過去のもので、市場は失われ需要は少ないと思われていたそんな時代に、マツダが世界に問いかけ、自動車好きの人々が熱狂的ともいえる歓迎でそれにこたえ、世界の自動車メーカーが追従するきっかけを提供した車だよ。 MGやトライアンフ、オースチンヒーレーそしてロータスが自動車好きの人たちと一緒につくりあげたライトウエイトオープンカーの潮流を、復活させた記念すべき車さ。
長男のユーノスロードスター
次男のマーチカブリオレ
4人家族に車が4台
(2007年9月)
MGB
   4人家族に車が4台。 でも運転できるのは、家内を除いた3人。 どう計算しても1台余分です。 「MGBはどうだ?」と事前に声をかけましたが、長男と次男はユーノスロードスターとマーチカブリオレを選択。 「最初がMGBではハードルが高すぎるんじゃないの? それにいつまでも親に依存したくないのよ。」と家内が言います。
  自分の車は、力量に応じて自分で入手する。 20歳をすぎているのだから、この程度のことで親の世話にはならない。 長男と次男の選択は、当然といえば当然ですね。     



75)オーバードライブ ふたたび 2007
  1980年式MGB(KH◎S)のオーバードライブが作動しなくなりました。 そこで、汎用リレーを使って配線を引きなおしました。
  この年式のMGBには英レイコック社製の電磁式オーバードライブが装着されていて、私たちのMGBも4速で走行したときにシフトノブのスイッチでオーバードライブのON/OFFを選択する5速マニュアルトランスミッションです。 しかし配線を引きなおした結果、今は8速マニュアルトランスミッション車で、シフトポジションにかかわらず走行中はいつでもオーバードライブのON/OFFを選択することができます。    
ガレージジャッキとスタンドでリフトアップ
オーバードライブの電気系統をメンテナンス
作動確認中の1980年式MGB(KH◎S)
(2007年9月)
8速マニュアルミッション車となったMGB
テストドライブを兼ねて家内と週末のショッピング
横浜元町商店街
(2007年9月)
MGB MGB
  「平穏な毎日」なんていうタイトルにするから、オーバードライブが故障したのだと家内は揶揄します。 「去年は2台あれば4人乗れるというタイトルにした途端に、1台しか動かなくなったでしょ。」
  オーバードライブが作動しなくても自走はできるさ。 1974年式MGB(KH◎N)と同じ4速マニュアルトランスミッション車だと思えばいいんだ。 1980年式MGB(KH◎S)はオーバードライブのバルブとフィルターを2006年にメンテナンスして、草津まで2人でツーリングしただろ。 油圧系統が12ヶ月でおかしくなるとは考えたくないね。 MGBのオーバードライブの機構はとても耐久性があるとへインズのマニュアルには書いてある。 不調の場合、原因はほとんど油圧系統か電気系統だって。 こんどは電気系統があやしいな。 そんな状況だけど「それでもやっぱり、僕には平穏な毎日さ。」        
通電していなかったソレノイドバルブ
昨年8月に交換した新品ゆえ通電すれば作動するはず
主いわく信ぜよさらば救われん
(2007年9月)
ソレノイドバルブに
プラス電源を供給するべく新しくひきなおした配線
電装部品と回路を保護するために汎用リレーを使います
(2007年9月)
MGB MGB
  点検したところ、オーバードライブのソレノイドバルブとシフトノブのスイッチに、通電しません。 4速のギアポジションでクラッチを繋いでエンジン回転を2000rpmに維持し、シフトノブのスイッチをONやOFFにしてチェックした結果です。
  オーバードライブ用の油圧はミッション内蔵のオイルポンプで発生し、このポンプはエンジン側の回転ではなくタイヤ側の回転で駆動します。 だから停車状態ではなく、ボディをリフトアップした走行状態で、オーバードライブの作動を確認する必要がありました。
  配線図によればまず最初に、イグニッションONでミッションケースのスイッチに常時プラスの電源が供給されます。 普段はOFFのこのスイッチはギアが4速のときだけON、そしてプラス電源がシフトノブのスイッチに供給されます。 次にドライバーがシフトノブのスイッチをONにすれば、プラス電源が供給されてソレノイドバルブが作動、オイルの通路が開きます。
  ソレノイドバルブからシフトノブのスイッチへプラス電源を逆にたどって考えると、ミッションケースのスイッチが作動していないとしか思えません。  
シフトノブのオーバードライブスイッチ
OUTの表示はスイッチがOFFを示します
走行中これでオーバードライブON/OFFを選択します
(2007年9月)
リバースライトスイッチ
丸い部分が押されたり戻ったりしてスイッチON/OFF
10年程度で丸い部分が磨耗して機能しなくなります
(2007年9月)
MGB MGB
  パーツカタログで調べるとミッションケースのスイッチはリバースライトスイッチと互換性があります。 乗りはじめて間もないころ1974年式MGB(KH◎N)のリバースライトスイッチを、交換したことがあります。 右上の画像がリバースライトスイッチです。 ギアをリバースにシフトする都度、丸い部分が押されたり戻ったりしてスイッチがON/OFF。 ONのときにプラス電源が供給されてリバースライトが点灯します。 この金属製の丸い部分は10年程度で磨耗し、スイッチは機能しなくなります
  ミッションケースのスイッチも、丸い金属部分が磨耗して作動せず、プラス電源がシフトノブのスイッチに供給されないと推測しました。
  スイッチを交換すればそれでOKのはず。 しかし、ボディとミッションケースの隙間が狭すぎて、どうしてもスイッチを取り外すことができません。 クラッチディスクの交換など将来ミッションを脱着するときにスイッチを交換することとして、それまでは暫定的な対策で急場をしのぐことにしました。 ミッションケースのスイッチを介在させずにシフトノブスイッチのON/OFFだけでソレノイドバルブにプラス電源を供給するという暫定対策です。
  1980年式MGB(KH◎S)車載の工具箱の汎用リレーは、5月に補給済みです。 聡明な家内の言葉どおり、確率は万が一よりはるかに高かったです。   
暫定対策は汎用リレーとオーバードライブ専用配線
ミッションのスイッチを経由せずシフトノブスイッチだけで
オーバードライブのON/OFFを操作します
(2007年9月)
シフトノブスイッチからの配線
ブラックのリード線をリレーのスイッチ回路へ
レッドはイグニションONで通電するプラス電源へ
(2007年9月)
MGB
MGB
  1時間で作業は完了。 シフトノブスイッチをONにするとリレーのスイッチ回路に通電、リレーが作動してメイン回路がONとなります。 バッテリーからプラス電源が供給されてソレノイドバルブがON。 オイルの通路が開いて油圧がオーバードライブに伝達されます。 この状態で充分な油圧が発生する速度を維持して走行すると、1速から4速いずれのギアポジションでもオーバードライブは作動します。 1速ギヤで2500rpm、2速で2000rpm、4速が1500rpmそして3速は1500と2000rpmの中間。 シフトノブのスイッチOFFか停車して油圧が下がったときに、オーバードライブは解除されます。
  こうして1980年式MGB(KH◎S)は8速マニュアルトランスミッション車となりました。 さっそくテストドライブを兼ねて家内と週末ショッピング。 実走してオーバードライブの作動状態を確かめたところ、シフトノブのオーバードライブスイッチをONにしたままリバースギヤでバックすると、トランスミッションから異音と振動が発生します。 惰性でバックしても同様に異音と振動が・・・。
  車載のオーナーズハンドブックに「何らかの理由でオーバー・ドライブに入らない時には、車をバックさせないでください。 バックさせると車がさらに損傷します。」との記載があることに気がつきました。 さらに自宅に戻ってオーナーズワークショップマニュアルを調べたところ「オーバードライブが解除されない(車体を後退させないこと)」と書いてあります。      
惰性でのバックも含めこのポジションでの後進は厳禁!
ミッションを破損することがないように
シフトノブスイッチにイエローのラインを追加しました
(2007年9月)
さらにグリーンのラインも追加して
オーバードライブOFFのときはグリーンが横一文字
バックや駐停車は必ずこのポジション
(2007年9月)
MGB MGB
  オーバードライブが作動しないときに何度も1980年式MGB(KH◎S)をバックさせました。 4速マニュアルミッションと同じ状態ですので、問題がなかったことは明らかです。 しかしオーバードライブが解除できないとき、例えばオーバードライブがONの状態で固着したりオーバードライブスイッチONのままバックした場合は、ミッションが損傷する恐れがあるとマニュアルに書いてありますし、実際に異音と振動が発生。 ミッションケースのスイッチはこの安全策でもあったわけですね。
  バックしている最中にオーバードライブが作動してミッションが破損するトラブルを避けるために、駐停車するときはシフトノブのオーバードライブスイッチは必ずOFFにする習慣を身につける必要があります。 惰性でバックするときも同じです。 シフトノブのスイッチにイエローとグリーンのラインを追加しました。
  長男や次男が運転するときは、事前に説明しよう。 でも私自身が運転したときに、ちゃんと操作するかどうかとても不安です。 スイッチ回路に通電したときにメイン回路がOFFになるリレーを探し出してリバースライトスイッチや逆回転のプロペラシャフトと連動させるか、それとも恒久対策としてミッションケースのスイッチを交換するか。 寝苦しい夏が過ぎて涼しい夜長の秋がやってきたのに、なやみのつきない「平穏な毎日」が続きます。 とても不安・・・やはり恒久対策にするべきか。 でもしばらくこのままにしておこう。 たぶん大丈夫のはず。



76)金沢ノスタルジックカーフェスティバル 2007
  オーバードライブの配線を引きなおし8速マニュアルトランスミッション車となった1980年式MGB(KH◎S)で、家内と一緒に金沢を訪問しました。 9月の後半の週末に開催された金沢ノスタルジックカーフェスティバルを見学し、金沢市内の観光も楽しんだ1泊2日1200kmのツーリングでした。    
金沢ノスタルジックカーフェスティバル2007
会場は西部緑地公園の石川県産業展示館
金沢ではじめてのノスタルジックカーフェスティバル
(2007年9月)
開催2日目には屋外特設会場にて
金沢Zカーミーティング2007が開催されました
大勢の自動車好きの人たちで賑わいました
(2007年9月)
MGB MGB
  石川県産業展示館の室内会場にならんだ参加車両のナンバープレートは、石川県や富山県が大多数を占めています。 そして日々の生活に密着した自動車が多くエントリーしています。 たとえばファミリーカーとして開発されたセダンや物流を担って活躍した商用車。 そしてこれが金沢ノスタルジックカーフェスティバルの魅力になっていると、強く感じました。
  地域特性をいうべきなのか、それとも地域やお国柄や人柄を超越した普遍的な魅力というべきか。 地味でなんの変哲もない平凡な品物への日々の慈しみが、年月を経ると大きな魅力となる好例だと思いました。
1980年式MGB(KH◎S)
金沢ノスタルジックカーフェスティバル会場の
石川県産業展示館前の駐車場
(2007年9月)
日本自動車博物館の展示
2台とも公道を走ることができるナンバープレート付き
博物館の所在地は石川県小松市
(2007年9月)
MGB MGB
  ファミリーカーや商用車は堅実なデザインが多く、スポーツタイプの自動車と比較すると目立たない存在です。 一般的に長期間にわたって維持されるケースは少なく、修理すればまだまだ使えるのに残念ながら廃車スクラップというパターンが大多数を占めます。 反面、車齢を重ねたファミリーカーや商用車をよく観察すると、オーナーの労力と気持ちが驚くほどこめられていることに気がつきます。  
家内が興味を示した車両はいずれもオート三輪
バータイプのハンドルと単灯式ヘッドライトが
オートバイから発展したそのルーツを示します
(2007年9月)
モデルチェンジでバータイプはステアリングホイールに
ヘッドライトは2灯式が主流となります
当時はパステル調のボディカラーが一般的でした
(2007年9月)
MGB MGB
  家内が興味を示したオート三輪のエントリー各車しかり、スバル360やマツダキャロルしかり。 21世紀の今ではめずらしい自動車ですが、いずれも日本の産業の発展を支えた主役、あるいは家族で一緒にショッピングやドライブに行こうという楽しい生活の象徴でした。 多くの人々が仕事や遊びに使い、夢と希望をたくした自動車。 観点をかえると、しかし、ごくありふれた工業製品でもあり、技術が進歩して高性能で高品質の新型車が発売されると、徐々に姿を消していきました。 より経済的で効率がよく、安全でしかも快適な自動車が次々と開発され、私たちの生活はますます便利になりました。  
より大型のダイハツオート三輪
いずれのオート三輪も昭和30年代に日本の
農業や商業そして工業の発展を支えた主役たちです
(2007年9月)
マツダの低床標準尺車
2006年岐阜のイベントで1974年式MGBは
同型の高床長尺オート三輪の後塵を拝しました
(2007年9月)
MGB MGB
  外観や性能はそれぞれ異なりますが、この時代の自動車の特徴はボディカラーとクロームメッキの金属部品だと私は考えています。 パステル調のボディカラーとクロームの組み合わせは、1950年代の工業デザインの象徴でもあります。 トースター、扇風機、冷蔵庫。 プラスチックや接着剤はそれほど多用されず、メタルとペイント、ビスとボルトとナットの時代。 ホーローを思わせる鈍い光沢の本体にクロームメッキのトリミング。 ライトブルーやピンクやクリームのパステルトーンと深みのあるクロームの輝き。
  ホールに展された車両は、どれも車齢にふさわしい風合いを保持しています。    
スバル360
空冷2気筒の360ccエンジンを搭載
まさに日本のファミリーカーの原点といえる車
(2007年9月)
マツダキャロル
水冷4気筒の360ccエンジンを搭載
軽自動車初の4ドアセダンはファミリーカーの決定版
(2007年9月)
MGB MGB
  極端な華美は求めない。 気に入った品物は大切に扱い、必要に応じて修繕を加える。 修繕すれば使い続けることができる。 一見して眼につく派手さはないけれど、よくよく観察すると驚くほどの手間と技がこめられた品。 たとえばダークブルーのボディにアイボリーの内装のオースチン。 オーナーのお話しでは、1953年式で、エンジンは4気筒800cc、2年間を費やしてこの状態に。 
1953年式オースチンA30
すばらしいの一言につきるコンディションです
(2007年9月)
MGB
  アルバムを拝見しましたが、腐食したボディパネルはスチール板をたたいて溶接、シートや内装トリムは丁寧に補修、バンパーやモールディグのメタルパーツは美しくクロームメッキ。 特徴的な方向指示器も見事に復元、ちゃんと作動します。  
センターピラーに組み込まれた方向指示器
左折スイッチONでこの状態に
OFFで折りたたまれてセンターピラーに格納されます
(2007年9月)
きれいに仕上げられたエンジンルーム
補記類も含めパーツは入手可能とのことです
エンジンの塗装はオースチン専用色のグリーン
(2007年9月)
MGB MGB
  エンジン始動はクランク棒。 その回転はとても滑らか、排気音は驚くほど静かです。 さらにタイヤはメーカー標準サイズで、しかもホワイトリボン。
  「古い車にお乗りですね。」という言葉が最上級の尊敬と憧れを意味する、とても楽しい2日間でした。      
市内観光で最初に向かった香林坊
(2007年9月)
県庁横の並木道
(2007年9月)
旧制4高跡の石川近代文学館
(2007年9月)
MGB MGB MGB

歴代の加賀藩主が造成した兼六園
(2007年9月)
日本三名園のひとつの数えられる景勝地
(2007年9月)
積雪対策の松の古木の雪吊りが有名
(2007年9月)
MGB MGB MGB

加賀藩士の居住地だった武家屋敷跡
(2007年9月)
長町武家屋敷界隈の水あめ屋さん
(2007年9月)
土塀越しに松の木が茂る江戸時代の街並み
(2007年9月)
MGB MGB MGB

旧加賀藩士の野村家跡
(2007年9月)
大野庄用水から引水した日本庭園
(2007年9月)
11代続いた由緒ある家柄
(2007年9月)
MGB MGB MGB
  往路は中央高速の相模湖から北陸道の金沢西インターまで行程の90%が高速道路、復路は富山から松本まで平湯温泉や梓湖を経由して一般道を走行しました。 1速から4速、いずれのシフトポジションでもON/OFFを選択できるように配線を引きなおしたオーバードライブは、快調に作動しています。
  緩やかなカーブと登り勾配が続く山道。 4速ではトルク不足で思うように加速しない、でも3速ではエンジン回転が高くなりすぎてシフトアップしたくなる、そんなときは3速をキープしながらオーバードライブON/OFFで巡航することができます。
  2速でレブリミットまで加速しながらコーナーを抜けて3速にシフトアップした途端に速度が維持できなくなるような勾配のきつい峠道でも、2速+オーバードライブONで1980年式MGB(KH◎S)はスムーズに加速します。
横浜−金沢往復1200kmのツーリングで
オーバードライブのON/OFF操作の注意点を確認しました
1速2速で走行中はオーバードライブOFFのシフトダウン厳禁!!
(2007年9月)
MGB
  8種類のギアポジションを任意に選択できるのは、とても便利です。 しかし、低速ギア走行中にオーバードライブOFFにシフトダウンする場合は、要注意です。 たとえば2速+オーバードライブONで走行中に2速+オーバードライブOFFにシフトダウンしたくなるようなコーナーにさしかかった場合。
  ソレノイドバルブがOFFとなりオーバードライブを解除した瞬間に、エンジン回転を上手にコントロールしない限り、あきらかに過大すぎる負荷がパワートレインにかかります。 本来であればヒールアンドトウとダブルクラッチで、フライホイールまでのエンジン側の回転とクラッチからタイヤまでの車速側の回転を調整した後シフトダウンし、変速時のショックを軽減します。 そして加速しながらコーナーを走り抜けます。 しかし機械式クラッチを使わず、ソノイドバルブのOFFのみでシフトダウンするので、エンジン回転のコントロールがとても困難。
  パワートレインに過大な負荷をかけることなく上手にタイミングを合わせてスムーズにシフトダウンするには、相当の練習と熟練が必要です。
  オーバードライブの活用は、3速と4速だけに限定しよう。 1速や2速で走行中に安易にOFFにした場合、パワートレインを損傷する恐れが多分にある。 「こんな狭い山道で、乱暴な運転はしないで!」と警告を発する家内を助手席に、私は1980年式MGB(KH◎S)を減速してオーバードライブをOFFにしました。  



77)元町フードフェア 2007
  10月の中旬の週末、元町フードフェア2007が開催されました。 歩行者に開放した仲通り沿いに、元町のレストランが屋外にキッチンを設置、自慢の料理を提供するイベントです。
10月にはいると横浜でも秋の訪れを感じます
街路樹の紅葉はまだですが日が傾くのが早くなって空はすっかり秋の気配
(2007年10月)
MGB
  9月は元町通りで秋のチャーミングセール。 日頃ウインドウショッピングで目をつけたバッグや靴、帽子そして洋服が目標です。 そして10月は仲通りでフードフェア。 少量づつ多種の料理を次々に堪能しようというのが、家内のターゲットです。  
9月はチャーミングセールそして10月はフードフェア
気温は涼しくてとても快適で家族連れやカップルで賑わいます
仲通りと代官山坂が交差する街角では係員が交通整理を実施中でした
(2007年10月)
MGB
  1974年式MGB(KH◎N)は元町通りに駐車して、私たちはフードフェアの会場の仲通りに向かいました。 パーキンググリッドの制限時間は60分です。   
元町通りに1974年式MGB(KH◎N)を駐車
フードフェアの会場は山の手よりの仲通り
許容されるパーキングの時間は60分
(2007年10月)
道行く人たちにシェフが自慢の料理を提供します
いずれの店舗も人気があり大盛況です
スターライトグリルの屋外キッチン
(2007年10月)
MGB MGB
  元町通りの山の手よりに平行してのびる仲通り、仲通りと交差する代官坂通り、汐汲坂通りや水屋敷通りに囲まれた地区は、元町クラフトマンシップ・ストリートと名付けられました。 元町の店舗で販売する衣類や家具を制作する作業所や工房が多かったことに由来し、現在はレストランや日用品や雑貨を扱う店舗が多い地区です。  
ベニーグッドマンの名曲を演奏していた女性カルテット
(2007年10月)
ヨーロッパの路地を彷彿とさせるアコーデオンの演奏
(2007年10月)
MGB MGB
  元町クラフトマンシップ・ストリートを舞台に、元町フードフェアの会場のあちらこちらで小編成による演奏。 通りかかった人たちは立ち止まって音楽に耳をかたむけていました。   
フルートの独奏
(2007年10月)
弦と木管とドラムに女性ボーカル
(2007年10月)
MGB MGB
  小編成が演奏する音楽をバックに路地を散策して、屋外キッチンでシェフ自慢の料理の説明を聞いて気に入ったら、料理を入手する。 一品一品よく吟味した素材を熟練の味付けで調理してあります。 その量は適度に少量です。 可能な限り多くの料理を楽めるようにとの気配りの結果だと思います。 現に私たちが口にしたのは前菜やメインだけでも6種類。 これに食後のデザート名目の杏仁豆腐や揚げワンタン、和菓子処の田邉屋さんのお饅頭を加えると9種類にのぼります。     
旬菜料理の時遊陣ではホタテの串焼き
(2007年10月)
ロールキャベツと冷製スパゲッティの栗の木
(2007年10月)
MGB MGB

骨付きラムグリルのエルエラは仲通り3丁目
(2007年10月)
ジェイパスタでは昭和のプレミアムナポリタン
(2007年10月)
MGB MGB

代官坂通りのエルエラではビーフシチューオムライス
(2007年10月)
ラフェスタミッレミリアのゴールは10月16日です
(2007年10月)
MGB MGB
  60分のパーキングメーターの制限時間内で音楽と食べ物と散策を楽しむことができるのですから、フードフェアはすばらしいイベントです。 元町クラフトマンシップ・ストリートのアイデアと企画力を賞賛すべきか、はたまたチャーミングセールと同等もしくはそれ以上の熱意と情熱を発揮する家内の行動力を評価すべきか、迷うのもまた事実です。
  家内の来年のターゲットは、修廣樹のローストビーフと霧笛楼のプリンアラモード。  

家内はウインドウショッピング
(2007年10月)
元町通りの1987年式MGB(KH◎N)
(2007年10月)

(2007年10月)
MGB MGB MGB
  10月16日はラフェスタミッレミリアのゴール、月末の元町ハロウィン、11月はイルミネーションの点灯式そして12月はクリスマス。 魅力あるイベントが続きます。   



78)ヴェトロモンターニャ 2007
  高野山から高野龍神ラインで田辺から白浜へ、和歌山県を舞台に開催されるヴェトロモンターニャ2007に参加しました。 1974年式MGB(KH◎N)は昨年と同様に母と末弟がエントリー、1980年式MGB(KH◎S)は次男と私。 昨年ドライバーとしてイベントデビューした長男は、家内と横浜でお留守番。
  2台のMGBが約1、600kmを走行した、2007年11月中旬のエピソードです。
金剛峯寺の第2駐車場が集合場所です
車両検査を受けた参加車両は係員の誘導にしたがって
所定の展示グリッドに駐車します
(2007年11月)
MGB
  1974年式MGB(KH◎N)のゼッケンは48、1980年式MGB(KH◎S)は49です。 49号車のドライバーの次男は、これがイベントデビューです。      
1974 年式MGB(KH◎N)
ゼッケン48
ドライバーは末弟 ナビゲーターは母
(2007年11月)
1980式MGB(KH◎S)
ゼッケン49
ドライバーは次男 ナビゲーターは私
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  今年で開催16回目のヴェトロモンタンーニャは、高野山観光協会に実行委員会の事務局がおかれています。 公道を使う自動車イベントは近年さかんに催されるようになりました。 いづれも特徴のある魅了的なイベントです。 なかでも毎年開催されているヴェトロモンターニャは由緒あるイベントのひとつです。     
金剛峯寺の第2駐車場に
次々とエントラントが到着します
入口で車両検査を受けるヒーレー100
(2007年11月)
車両検査を済ませた参加車両は
指定の展示グリッドに駐車します
初日は午後4時30分まで車両展示
(2007年11月)
展示は国別・メーカー別です
ブランド別の特徴が引き立ちます
イタリアのアルファロメオのコーナー
(2007年11月)
MGB
MGB

参加者は参加受理票を提出し
車両展示の準備を開始します
ヒーレー100(左)と100/6(右)
(2007年11月)
ゼッケンを貼りフードをたたんで準備完了
1975年式ジャンセンヒーレー
すばらしいコンディションです
(2007年11月)
古典的な英国ロードスターの真髄
モーガンのエントリーは5台
右端は1974年式MGB(KH◎N)
(2007年11月)
MGB
MGB

ゼッケンを貼るのはドライバーの役目です
安全運転の決意と2日間のイベントへの期待
そして無故障・完走の願いをこめて
(2007年11月)
展示準備をすませてロータスのコナーを見物中の
次男とライダージャケット姿の末弟
ロータスセブンはとても魅力的です
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

1936年式ジャガーSS100
ジャガーの名を世界に知らしめた名車
ドライバーは映画俳優の夏木陽介さんです
(2007年11月)
1934年式Lタイプマグナ
自社開発の6気筒を搭載したMG
2006年と今年の2年連続でエントリー
(2007年11月)
1953年式シトロエン11CV
1934年に発売された前輪駆動のサルーン
実車を見るのはこれがはじめてです
(2007年11月)
MGB
MGB

1956年式220Sカブリオレ
グリーンの2トーンにタンの内装
丁寧に維持されたとても上品なベンツです
(2007年11月)
フォードAタイプ
レッドのボディにブラックのフェンダー
ボディと同色にペイントしたホイール
(2007年11月)
M字に開くエンジンフード
特徴的な2段式のクロームバンパー
もちろん登録済みで公道を走行可能です
(2007年11月)
MGB
MGB
  イベント初日は、午後4時30分まで参加車両の展示会です。 ゼッケンを貼り幌をたたんで展示の準備を済ませた私たちは、宝亀院で母方の祖父母と叔父の供養をお願いしました。
  母と私が最初に宝亀院を訪れたのは、ヴェトロモンターニャにはじめてエントリーした2005年11月でした。 そもそものきっかけは宝亀院が叔父に宛てた1通の葉書です。 祖母の持ち物を整理していた母が見つけたその葉書によれば、祖父の供養を叔父が高野山の宝亀院で行っていたのです。
  祖父が他界したのは1973年、叔父は1991年、そして祖母は1994年。 宝亀院が叔父に宛てて投函したその葉書は、死亡による叔父の住所変更届によって祖母のもとに配達されました、宛先人不明で宝亀院に返送されることもなく・・・。 そして祖母の死とともに、母の手許に移り、母の文箱に長年にわたって保管されていたのです。 叔父が生前に高野山で祖父の供養をしていたことを、母はその葉書を読んではじめて知り、母が見せてくれたその葉書で私は2005年に知りました。
  申し込みが受理されるかどうかわからないけどヴェトロモンターニャ2005にエントリーすると、私が言ったとき、高野山にお参りしたいので同行すると言った母。 「往復1600kmをMGBで自走するんだよ。 しかも出発は深夜、1晩かけて和歌山まで走るんだ。」と念を押しても母は考えを変えません。 家族で相談した結果ドライバーは私、ナビゲータを母にして参加申込書を提出しました。 幸いにもエントリーは認められ、1974年式MGB(KH◎N)で出発する数日前に、私は叔父が宝亀院で祖父の供養をしていたことを知りました。
  祖父母や叔父の墓所は高野山とは別の場所にあります。 2007年11月10日、今年も宝亀院に向かって歩く母の後ろ姿をながめながら、私は生前の祖父母や叔父のことを思い出していました。 叔父宛の葉書を胸に2005年11月宝亀院に歩みをすすめた母の気持ちが、今わかりました。      
ヴェトロモンターニャ会場から
徒歩で宝亀院に向います
(2007年11月)
美しい曲線を描く屋根
宝亀院
(2007年11月)
ぬけるような青空と白い雲そして紅葉
心が洗われるような清々しさです
(2007年11月)
MGB
MGB

常喜院
参加者全員で護摩祈祷を受けました
(2007年11月)
常喜院は昼食会場でもありました
おたべ処ヴェトロ庵の立て看板
(2007年11月)
庭園の木々はすっかり紅葉しています
常喜院
(2007年11月)
MGB
MGB

ほとけのみ手
「お釈迦さまの掌の上の孫悟空」状態
恐れ多いぞ 次男と末弟
(2007年11月)
末弟が持参したアウトドア用の折りたたみ式テーブル
母が差し入れてくれた高野山名物おやき
リラックスして午後のひと時をすごしました
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

1957年式MGマグネットZB
古典とモダンが調和したスポーツサルーン
(2007年11月)
1959年式トライアンフTR3
スパルタンなロードスター
(2007年11月)
1970年式ポルシェ911
ドイツを代表するスポーツカー
(2007年11月)
MGB
MGB

懇親会が開かれる三宝院
料理は無益な殺生を戒める精進料理
(2007年11月)
正門に設置した案内灯が
あたたかく参加者を迎え入れてくれます
(2007年11月)
参加者は高野山の僧坊に宿泊します
私たちの僧坊は赤松院です
(2007年11月)
MGB
MGB

赤松院の正門向かって左側の仁王像
真一文字の口が内面の憤怒を示します
(2007年11月)
日本の歴史と伝統を体験するのも
ヴェトロモンターニャの魅力のひとつです
(2007年11月)
正門右側の仁王像
ほとばしる怒りを開いた口で示します
(2007年11月)
MGB
MGB
  参加車両は展示会の終了後に高野町公民館の駐車場に移動しました。 そして翌日2007年11月11日、各エントラントはスタート前の装備の確認と点検を済ませます。 ドライバーズミーティグ、コースの注意事項と安全運転、交通マナー遵守の再確認。 走行会の第1ステージは高野山から田辺市の扇ヶ浜公園までの約100kmです。   
48号車1974 年式MGB(KH◎N)(左)
49号車1980年式MGB(KH◎S)(右)
(2007年11月)
スタート前の記念撮影
左から次男 母 私 末弟
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

2007年11月11日早朝の天気は小雨
係員の誘導に従って各車スタート
先行するのは1934年式Lタイプマグナ
(2007年11月)
スタート直後の次男
緊張してまだまだ硬い表情です
清浄心院を通過中です
(2007年11月)
コース沿いのパーキングレーンに停車して
参加車両の通過を見守るビート
この後は同じコースを併走してくれました
(2007年11月)
MGB
MGB

中ノ橋の交差点を右折して
高野竜神スカイラインで竜神村を目指します
すぐ後ろは末弟の48号車
(2007年11月)
雨は小降りになりましたが
霧につつまれたコースの路面はウエットです
前はオフィシャルカーのBMW X5
(2007年11月)
末弟の48号車
1974年式MGB(KH◎N)
なんと本気で追い上げてきます
(2007年11月)
MGB
MGB

それならばゼッケン順で併走しようと
末弟の48号車を先行させて
私たちの49号車はその後に続きます
(2007年11月)
会津川の渓谷沿いの道を
田辺市に向かって下ります
景勝地の奇絶峡
(2007年11月)
奇絶峡を抜けると
なだらかなストレートが多くなります
後ろは1957年式MGマグネットZB
(2007年11月)
MGB
MGB
  高野龍神スカイラインで竜神村へ、そして奇絶峡をぬけて田辺市へ。 第1ステージの途中に紀菜柑で休憩。 紀菜柑は、2007年3月にオープンしたJA紀南が運営する大型の産品直売所です。 広い駐車場で参加車両を展示、草もちのもちつき会、そして特産品の売り場見物。 再スタートまで約1時間のリラックス。 とても素敵な休憩時間でした。 

ウメとミカンがマスコットマーク
JA紀南の産品直売所
紀菜柑
(2007年11月)
アップダウンとタイトコナー
ウエットな路面と霧の高野龍神スカイライン
無事に走破してリラックスモードの次男
(2007年11月)
高野山スタートから
ノンストップで走行したので
紀菜柑にはかなりの早着
(2007年11月)
MGB
MGB

その後参加車が続々と到着します
(2007年11月)
大勢の人たちでにぎわいました
(2007年11月)
1956年式220Cカブリオレ
(2007年11月)
MGB
MGB

1966年式コブラ
(2007年11月)
高野山から併走したビートも到着
(2007年11月)
1936年式ジャガーSS100
(2007年11月)
MGB
MGB

1973年式ジャガーEタイプ
(2007年11月)
ゼッケン001ヴィーマックRD200
(2007年11月)
ほんとうに楽しそうな末弟
(2007年11月)
MGB
MGB

ゼッケン順に紀菜柑を再スタート
(2007年11月)
49号車も扇ヶ浜に向かって出発!
(2007年11月)
田辺市内でも紅葉が はじまっています
(2007年11月)
MGB
MGB
  第1ステージのゴールは、田辺市扇が浜公園の駐車場です。 午後2時まで車両展示。 その間に参加者は昼食と休憩。
おだやかな浜風と青い海
田辺市扇が浜公園
(2007年11月)
無事に第1ステージのゴールに到着
扇が浜公園駐車場の48号車と49号車
(2007年11月)
午後2時まで車両展示です
その間に参加者は昼食と休憩
(2007年11月)
MGB
MGB

ベージュとマルーンの2トーン
1962年式モーガン
(2007年11月)
カウルを外して点検中
Lタイプマグナのエンジンルーム
(2007年11月)
扇ヶ浜の展示会も
大勢の人たちでにぎわいました
(2007年11月)
MGB
MGB

ボディは同じですが
バンパーの違いで正面からの印象は
かなり異なります
(2007年11月)
第2ステージのスタート
ゼッケン01のジャガーSS100
ゼッケン02のLタイプマグナ
(2007年11月)
エンジンをウオームアップして
スタートの順番を待つ
モーガン54号車(手前)と53号車
(2007年11月)
MGB
MGB

1980年 式MGB(KH◎S)
運転席の次男
旧白浜空港にゴールすれば初イベント完走
(2007年11月)
1974年式MGB(KH◎N)
助手席でナビゲーター役の母
後方はドライバーの末弟
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

スタートラインにむかう30号車と31号車
私たちの順番はもうすぐです
高まる期待と緊張
(2007 年11月)
MGB

大勢の方々の見送りをうけて
スタートラインに進む48号車
気候は温暖 天気は快晴
(2007年11月)
紹介のアナウンスの後
第2ステージをスタートする49号車
あたたかい励ましの言葉をうけた次男
(2007年11月)
第1ステージでも沿道の方々から
声援や手を振る応援をうけました
ヴェトロモンターニャの大きな魅力です
(2007年11月)
MGB
MGB
  美しい紅葉と澄んだ空気の歴史と伝統につつまれた高野山、青い海と緑の木々があふれる温暖な田辺・白浜を舞台とするヴェトロモンターニャの大きな魅力は、沿道で手を振ったり声援をおくってくださる方々の存在です。 さらに、コースを並走したり展示会の会場での自動車好きの人たちとの出会いも、私たちにとって大切な思い出です。

旧白浜空港にむかって
一心不乱に運転を続ける次男
これほど真剣な表情を見るのは久方ぶり
(2007年11月)
最後のワインディング
ここを過ぎれば旧白浜空港
第2ステージのゴールです
(2007年11月)
ゴールへのファイナルアプローチ
すでに旧白浜空港の敷地内です
前を走るのは48号車
(2007年11月)
MGB
MGB

旧白浜空港に到着
48号車に続いて旧空港ビルの横をとおり
ゴールの駐機場にむかいます
(2007年11月)
第2ステージを完走した49号車
昨年の長男と同様に次男も全コースを運転
無事にゴールに到着しました
(2007年11月)
希望者はゴール後1列に整列
旧白浜空港の滑走路で
1/4マイルのタイム計測にチャレンジ
(2007年11月)
MGB
MGB

48号車も49号車もそろってチャレンジ
ドライバー以外の参加者はほかのギャラリーと一緒に
滑走路脇の芝生にあつまってタイム計測を見物します
(2007年11月)
滑走路脇で待機中
高野山から旧白浜空港まで全コースを完走
余裕の表情をみせる末弟と次男
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

  希望者は、ゴール後にSS1/4マイル(静止状態でスタートして0から400mの走行時間を計測する)の計測にチャレンジします。 タイムを競わないこと、車とドライバーのコンディションを考慮して無理をしないこと、そして安全に注意することが前提です。
1974 年式MGB(KH◎N)
18Vエンジンの実力を発揮させて
昨年の記録更新にチャレンジする末弟
(2007年11月)
1980式MGB(KH◎S)
アクセルとシフトのバランスそしてスピードへの挑戦
すこし緊張気味の次男
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

49号車の運転席から撮影した48号車
(2007年11月)
全速で走行中の48号車
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

昨年をうわまわる好成績を記録した末弟
(2007年11月)
記録用紙を受け取る次男
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

すべてのイベントに参加して駐機場で待機する参加車両
体が温まる豚汁のサービスが参加者全員に提供されました
(2007 年11月)
MGB

  昨年の記録を更新しようと不退転の決意でのぞんだ末弟のタイムは、約2秒も向上。 なんと高い圧縮比の18GBエンジンにSUツインキャブを搭載しフライホイールも軽量化した次男の1980年式MGB(KH◎S)を0.4秒以上も上まわる好記録でした。 軽量のクロームメッキのグリルとバンパーに改装したものの、低い圧縮比の18VエンジンでSUシングルキャブの1974年式MGB(KH◎N)で記録更新。 性能の差を操縦技能でカバーした見事な成果に、末弟も満足そうでした。
  たしかにエンジンの性能差を上まわるすばらしい記録。 2005年11月にチャレンジした私の記録とは3秒以上の差です。 最高のチューンはドライバーの減量といわれる旧車のルールどおり、これは体重の差か? はたまたここ一番のアクセル操作に迷いがでるオーナーと、そうでないドライバーの差か? いろいろと要因を考えている私に、「アハハッ、 最後はやっぱり腕の差だね。 18Vで18GBに勝ったぞ。」と、末弟は明るい笑い声をなげかけます。 「そうか最後は腕の差か! 昔の飛行機乗りと同じだね。」と、私も納得して笑い返しました。
1953年式ジャガーXK120
(2007年11月)
夏木陽介さんのジャガーSS100
(2007年11月)
陽はかたむきもうすぐ閉会式です
(2007年11月)
MGB
MGB
  徐々に太陽は西にかたむき、閉会式の時間がせまります。 ベストカップルやナイスファミリー賞ほか様々な表彰と記念品の贈呈と挨拶、楽しかった2007年11月10日と11日、1泊2日のイベントは幕をおろします。 大会実行委員長の閉会の辞。 そして再会を約してエントラントは、それぞれ帰路につきます。     
実行委員会の方々の見送りをうけて
エントラントは帰路につきます
(2007年11月)
参加車両を見送る実行委員会の方々
本当にありがとうございました
(2007年11月)
2台のMGBに分乗した私たちは
白浜温泉の宿にむかいました
(2007年11月)
MGB
MGB
  ヴェトロモンターニャはたくさんの心あたたまる魅力にあふれたイベントです。 イベントを運営される方々の尽力と情熱を考えると、ほんとうにありがたいことだと思います。 感謝の気持ちと楽しい思い出を胸に、私たちは旧白浜空港を後にして、白浜温泉にむかいました。     
2005年11月に初参加
高野山とヴェトロモンターニャのファンになった母
毎年の参加が楽しみで日頃の母の励みになっています
(2007年11月)
3年連続でエントリーした1974年式MGB(KH◎N)
2年連続の1980年式MGB(KH◎S)
可能ならば来年もエントリー
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

家族4人で記念撮影
左から私 母 末弟 次男
白浜温泉で1泊して自走して横浜に戻る予定
全走行距離は約1600km
(2007 年11月)
MGB




79)六角橋商店街 2007
  「あのね、こないだね、六角橋にいったらね、とても面白いお店がたくさんあったの。」と家内が言うので、ヴェトロモンターニャから横浜に戻った週末のショッピングルートに六角橋商店街を追加しました。  
大口や洪福寺そして横浜橋とともに
横浜を代表する商店街のひとつ
六角橋商店街
(2007年11月)
MGB
  旧綱島街道にそって様々な店舗が軒を連ねる六角橋商店街、家内が言う面白いお店がたくさんあるのは旧綱島街道に平行した仲見世通り商店街です。       
旧綱島街道に面して様々なお店が軒を連ねていますが
家内の言う面白いお店はこのアーケード内にあります
二十数年ぶりの仲見世通り商店街
(2007年11月)
MGB
  家内や私が子供のころ、横浜マリンタワーが完成し、東海道新幹線の新横浜駅の建設や三ツ沢競技場では東京オリンピック用の改築がすすめられていた当時、高度成長期とはいえ日本の生活レベルは現代とは比較にならないレベルでした。
八百屋さんの看板
(2007年11月)
魚屋さんの看板
(2007年1 1月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

青果店
(2007年11月)
裁縫用品店
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  裕福とは言いがたい生活。 しかしながら将来への希望は大きく、明るい未来を夢見ながら生活していたことを、家内も私も記憶しています。 この商店街には、言葉で表現するのはむずかしい独特の雰囲気があります。 40数年前の小さな子供の家内や私が、大人になった2007年の私たちの間を走り抜けていくような、とても懐かしい商店街です。
乾物屋さん
(2007年11月)
肉屋さん
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

履物屋さん
(2007年11月)
これは日本製だから丈夫だよと店主の奥さん
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  子供の頃、私たちは様々な事柄を学びました。 食事を残さずに全部いただくことは、お百姓さんや漁師さんへの感謝を意味します。 物は粗末にせずむやみに捨てないこと。 古いおさがりの洋服を着ていても、きれいに洗濯し丁寧に繕ってあれば、恥ずかしくないこと。 逆に新しい洋服を着ていても、ボタンがとれていたりほころびがあれば、恥ずかしいのです。
鉄道模型で有名なおもちゃ屋さん
(2007年11月)
せともの屋さん
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

本屋さん
(2007年11月)
改装した靴屋さん
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  裕福な暮らしにあこがれるのは当然ですが、自分の力量だけで豊かにはなりません。 まわりの人たちのおかげなのですから、恩を仇でかえすような言動はつつしむようにという教育を受けました。 ほかの人に迷惑でなければ自由に行動する、自分の個性は大切にして、意見と考えははっきり主張するという教えではありません。 まわり人たちへの感謝の気持ちがあれば、個人の言動の規範はおのずと定まるはずという躾です。        
着物のリサイクルと和装小物店
(2007年11月)
母がひいきにしていた衣料品店は健在
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB

家内がたいやき屋さんを発見
(2007年11月)
おどろくほどすばやい行動でした
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  子供の頃に夢見た豊かな暮らしと明るい未来を手にいれようと、私たちは幸せな生活を追い求めてきました。 1982年に結婚して、長男が、やがて次男が生まれ。 住所がかわり、勤務先がかわり、日本を離れ、日本に戻り・・・。        
美しく色づいたイチョウ
日本大通り
(2007年11月)
山下公園イチョウ並木
1974年式MGB(KH◎N) の運転席から
(2007年11月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  私たちが訪問した国は、相当の数にのぼります。 そしていずれの国々でも幸せな生活を追い求める人たちの姿がありました。 快適で便利な住居や安全で清潔な生活環境、自由で平等な社会を、そして家族ですごす平穏な毎日を追い求める人たち。 日本とは比較にならない心豊かな生活をおくる人々が存在し、また逆に日本より裕福なのに不安定な生活が存在したのも事実です。 カリブ海の島々、北米と中南米。 ヨーロッパ諸国。そしてアジアの国々。   
ライトアップしたモミジ
(2007年12月)
御殿場高原時之栖
(2007年12月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  個性的で魅力にあふれた美しい風景、すばらしい人々。 出会いと別れ、そして再会。 子供を授かる喜び、成長を見守る不安と安心。 祖父母や両親が歩んだ道とは異なりましたが、見方を変えれば時代が違うだけで、結局同じ道程を歩んで来たのではないでしょうか。 六角橋商店街を家内と歩きながら、私はこんなことを考えていました。 思い返せばこの25年間、私たちは様々な経験をつみかさねてきました。   
すっかり葉を落とした山下公園通りのイチョウ並木
(2007年12月)
春節の飾りつけをすませた中華街
(2007年12月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  「長男も次男も色々な生活を見てきたね、僕たち家族の生活も含めて。 貧富の差。 国や地域の社会格差。 裕福だけど不安に満ちた生活、裕福ではないけれど心豊かな生活。」 はたして模範となる人生を長男と次男に、僕たちは示しただろうか?
クリスマスデコレーションの元町商店街
(2007年12月)
年末年始用のポイントセチアを品定め中
(2007年12月)
1980年式 MGB 1980年式 MGB
  「来年の4月には、長男も次男も社会人。 いずれわかるわよ。 親はなくても子は育つとも言うのよ。」  「親の背中を見て子は育つとも言うぜ。」  「親の顔が見たいと言われたらどうしよう。 大丈夫かしら?」 ・・・たぶん、大丈夫。
週末ショッピングの途中に軽食休憩に立ち寄ったレストランにて
振りむいて窓の外を眺める家内
冬の午後の陽の光と室内の影のコントラストが見事でした
(2007年12月 横浜開港記念館)
MGB
  何年かがすぎて振りかえったら、僕たちの人生は素晴らしかったと言えればいいね。 ちょうどその窓から見える風景のように。 結婚25周年、2007年の年末を私たちはむかえようとしています。      
MGBと27年目の12月
(2007年12月)
MGB



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インデックス

はじめに

第1部 MGBを入手するまで(〜1980年8月)

第2部 MGBとの生活(1980年9月〜1989年9月)

第3部 2台のMGB メキシコへ(1989年10月〜1998年9月)

第4部 日本へ それから台湾(1998年10月〜2004年12月)

第5部 ふたたび日本で そして25周年(2005年1月〜2005年8月)

第6部 新しい日々 今度は豊橋(2005年9月〜2005年12月)

第7部 めざせ26周年(2006年1月〜2006年8月)

第8部 2台あれば4人乗れます(2006年9月〜2006年12月)

第9部 みんなといっしょに横浜で(2007年1月〜2007年8月)

第10部 平穏な毎日(2007年9月〜2007年12月)

第11部 社会にでる子供たち(2008年1月〜2008年8月)

第12部 2人でふたたび(2008年9月〜2008年12月)

第13部 2台でふたたび(2009年1月〜2009年8月)

第14部 家族と2台(2009年9月〜2010年8月)

第15部 31年目のMGB(2010年9月〜2010年12月)

第16部 ドライバーの軽量化(2011年1月〜2011年8月)

第17部 めざせ32周年(2011年9月〜2012年8月)