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(2008年9月〜2008年12月) |
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90)タッチアップペイント 2008 長男と次男が社会人となり、私の扶養家族は2008年4月以降、家内だけです。 長男も次男も今は同居していますが、いずれは独立するでしょう。 夏の暑さが少しばかりやわらぎ虫の音に秋の気配が徐々に強まる9月初旬、扶養が減ってすこし寂しい、それでいて子供たちの将来が楽しみな毎日でもあります。 そんな週末1980年式MGB(KH◎S)用タッチアップペイントの色調を、やっと満足できるレベルに近づけることができました。 |
プロの塗装工が調合したのでパーフェクトマッチ 専用のペイント缶に保存して大切に使っています (2008年9月) |
プラモデル用のペイント調合に2ヶ月を要しました 容器の数(なんと7本)が試行錯誤の証です (2008年9月) |
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| 1980年式MGB(KH◎S)のボディカラーはオールドイングリッシュホワイトと呼ばれる乳白色です。 ホワイト(光沢)にイエロー(光沢)を混合したプラモデル用のペイントを、20年間タッチアップに使っていました。 もっと近い色にしようと思いたったのは7月下旬。 私だけでは手に負えず家内にも助言を求めてブルーやブラウン、グレーを加えました。 しかし、素人の作業ゆえどうしても色調があいません。 |
そして最後にレッドを1滴 (2008年9月) |
やっと満足できる色調にたどりつきました (2008年9月) |
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| これを解決したのは、油絵に造詣の深いご近所の奥様でした。 「そうねぇ、フレンチバーミリオンを1滴おとしてみたらどうかしら。 たぶんそれで大丈夫よ。」 家内と私がプラモデル用ペイントと絵筆を手に早朝から「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤をくりかえしているところに、ワンちゃんの朝の散歩で通りかかった奥様の、その一言。 まさにそのとおりでした。 |
まだ完璧ではありませんが2ヶ月かけて調合したタッチアップペイント 赤色のペイントが必要なんて思いもしませんでした (2008年9月) |
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| 翌週プラモデルショップでペイントを入手、いそいで自宅に戻って、レッドを1滴。 攪拌しながら覗き込んでいた家内と私は、顔を見合わせました。 いままでグリーンにかたよっていた色調が、瞬く間にオールドイングリッシュホワイトに変化していきます。 翌朝は快晴。 自然光の下で1980年式MGB(KH◎S)をタッチアップしながら、さらに微調整。 2ヶ月におよんだ調合作業を終了しました。 |
夜目遠目には目立ちませんが近くで見るとボディはタッチアップだらけ 補助灯は取り外してケースの塗装準備中 (2008年9月) |
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| エンジンや内装を取り外してからボディを全塗装して新車と見まがう状態にするのも、点検整備は最小限にとどめボディの塗装や錆は意図的に補修せずに年式相応の状態で自動車を維持するのも、そして自分で調合したタッチアップペイントを塗りたくる(都合30箇所ほど)のも、楽しみ方は千差万別。 いずれも魅力ある趣味の世界だと思います。 家内に言わせると「表面がデコボコしていて、はずかしい。」 そして私は、惚れてしまえばあばたもえくぼ状態。 他方、数種類の絵具を混ぜ合わせながら絵筆をあやつり、繊細な色調の違いを組み合わせて作品を作り上げ、独自の世界観を表現する絵画。 タッチアップペイント調色の難しさをあらためて実感するとともに、追加するべきペイントカラーとその量を瞬時に判断する油彩画の世界に、家内と私はとても強い感銘をうけました。 |
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91)フロントサスペンション 2008 当初は8月末までにやってしまおうと考えましたが暑さを避け、初秋の気配が感じられるようになった9月中旬の週末に1974年式MGB(KH◎N)のフロントサスペンションのメンテナンスを行いました。 制動時にフロントタイヤの唸り音がしたためです。 |
標準ブッシュをカッターで白線に沿ってカットして使います 最前列の両側がスチールコアブッシュ(交換できない新品在庫)です (2008年9月) |
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| MGBのロアアームインナーブッシュはラバー製2分割ブッシュが標準(1台分の必要数は8ヶ)です。 しかし1974年式MGB(KH◎N)は1980年に入手した時点で、すでにスチールコア式ブッシュを装着していました。 このスチールコア式ブッシュは、ローバー製3500ccV8エンジンを搭載したMGB GT V8用です。 |
フロントタイヤを取り外して作業準備完了 気温は適度に涼しく作業は順調です (2008年9月) |
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ラバーブッシュのセンターにスチール製のパイプが組み込まれているため耐久性に優れているものの、ロアアームに圧入する構造ゆえ、その交換は素人の私の手にあまります。 どう考えてもバイス、プレス機械やリムーバー工具が必要であり、とても私がハンマーで叩いて脱着できるレベルではありません。 もう何年も前の出来事です。 ブッシュを交換しようと自宅で1974年式MGBをリフトアップしてら、なんとスチールコア式ブッシュに初対面。 あまりのことに呆然としてコンクリートの床にあおむけに寝そべったまま、ロアアームとブッシュを観察すること約60分。 1980年式MGBのブッシュの状態と比較して、思いついたのが標準タイプのラバーブッシュを流用する方法でした。 |
助手席側フロントサスペンション (2008年9月) |
フロントとリアのロアアームおよびピボットボルト (2008年9月) |
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| ロアアームに新品のスチールコア式ブッシュを正しく圧入すると、ラバーが変形してロアアームの両端からはみ出します。 ロアアームをフロントサスペンションに組み込むと、はみ出したラバーは、クロスメンバーとロアアームの間隙をうめるブッシュの役割を果たします。 この状態のラバーは7〜8年ですり減ってしまい、巡航中かるくステアリングを切ったときや制動時にタイヤの唸り音が発生します。 私の技量と手持ちの工具ではスチールコア式ブッシュの交換は不可能です。 しかし標準ラバーブッシュをカットして「はみ出しラバー」の機能を代用させれば、タイヤの唸り音は解消するかもしれない。 なぜならば標準ラバーブッシュも「はみ出しラバー」と同様に、クロスメンバーとロアアームの間隙に配置されるように整形されているからです。 半信半疑で試してみたら大成功でした。 若かりしころの出来事です。 |
仮組み状態の助手席側のロアアーム (2008年9月) |
運転席側と助手席側の作業手順は同じです (2008年9月) |
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| 例えば制動時、タイヤの動きに連動して減速しようとするウイッシュボーンのロアアームに反して、ボディ側のクロスメンバーは慣性で前に進もうとします。 ロアアームとクロスメンバーの位置の変化は、正常に機能するブッシュであればその反発力で規定内に抑えられます。 フロントホイールにはトーインが与えられておりフロントタイヤは前すぼまり(運転席から見てハの字)状態です。 ブッシュの磨耗がすすみすぎると、制動時の慣性力によってクロスメンバーはロアアームを必要以上に押し広げます。 フロントタイヤは規定以上に前すぼまりになってしまい、タイヤの唸り音が発生します。 だからカットした標準ラバーブッシュをロアアームとクロスメンバーの間隙に配置してブッシュの機能を回復させれば、スチールコア式ブッシュを交換せずにタイヤの唸り音を解消することが可能です。 |
ロアアームの隙間からコイルスプリングを押し込みます (2008年9月) |
残る2組の穴位置をあわせてボルトとナットを取り付けます (2008年9月) |
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| 異音に気がついたら直ちに目視チェック。 タイヤの唸り音の原因は様々ありますが、思ったとおりロアアームとフロントメンバーの間のラバーブッシュが磨耗していました。 カットした標準ラバーブッシュを装着して、今度も異音は解消しました。 |
徐々に締め込むとロアアームがパンに密着します (2008年9月) |
各部を増し締めしてナットに割りピンを取り付けます (2008年9月) |
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| 「ほらね、もうタイヤの唸り音はしなくなっただろ。 ブッシュがちゃんと機能するようになったからだよ。」 テストドライブを兼ねた週末ショッピングの途中で家内と一緒に立ち寄った喫茶店で、得意になって説明する私。 「耳で聞いて、目で確かめて、すぐに対策をほどこせば、なんとかなるもんだよ。」 「ブリブリ、バタバタにぎやかなMGBを運転中に、あんなにわずかな音の変化がよく判るのね。」と家内。 「素人の僕でも聞こえるようにようになる。 そうなるまで必要かつ充分な時間のおつきあいってことかなぁ。 28年間だからね。」 「同じぐらい一緒にいるけど、私の言うことが時々聞こえなくなるのは、なあぁぜ?」 えっ、ええぇっ。 どーしてなんだろ、僕わかんないよ。 |
(2008年9月) |
(2008年9月) |
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| 今後はクラッチミートのタイミングが異様にはやくなったような気がする1974年式MGB(KH◎N)9月中旬のエピソードです。 |
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92)もう1台のフロントサスペンション 2008 もう1台のMGBは、1974年式MGB(KH◎N)より6年新しい1980年です。 2台続けて同じ症状がでるのは珍しいことですが、制動時のタイヤ唸り音に気がつきました。 そこで翌朝、フロントサスペンションブッシュを点検するとかなり磨耗しています。 分解してチェックしたところスチールコアもわずかに磨耗しています。 皮肉なことにブッシュの交換時期が6年の年式差をこえて、同調してしまいました。 |
スチールコアタイプのロアアームブッシュ (2008年9月) |
フロントスタビライザーを標準で装備しています (2008年9月) |
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| ロアアームに圧入されたスチールコア式のブッシュを脱着することは、私の技量と工具では不可能です。 あーぁ、どうしよう。 天は、しかし、いまだ我を見捨てず。 春と同様に、秋の彼岸の時期にも、末弟が実家にやってきます。 そうだ! 自動車整備士の資格を持つプロフェッショナルにお願いしよう。 ロアアームと家庭在庫部品だったスチールコアブッシュを古新聞紙に包んで、私は弟の到着を待ちました。 |
(2008年9月) |
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| リフトアップした1980年式MGB(KH◎S)の下で作業をしているときに気配を感じたので振り返ると、すぐそばに小学生の男の子。 「ねぇ、おじちゃん。 どーしてこのくるま、いつも色がかわるの? きのうは緑だったよ。」 えっ? えええっ! 一瞬の沈黙と躊躇、そして微笑み。 おじさんがね、いつも色を塗り替えているんだよと、言おうかとも考えましたが、つぶらな瞳を前して言葉を失います。 「あのね。 ほんとうは2台あるからなんだよ」 「なああぁんだ。 やっぱり思ったとおりだ。」と納得した少年は、元気に走り去りました。 |
中国茶を静かに楽しむ茶藝館 (2008年9月) |
1980年式MGB(KH◎S) (2008年9月) |
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「いつも僕が色を塗り替えているんだと言おうと思ったけれど、じゃあ今度は赤にしてと言われたら、レッドのMGBを探さなければならない。 そうしたらMGBが3台になって妻君が逃げるかもしれないので、やめた。」と家内に報告しました。 家内いわく「子供ね。」 こうして2台のMGBは10月を迎えようとしています。 |
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93)ラ・マレア横浜 2008 10月初旬の週末、吉田町商店街でラ・マレア横浜が開催されました。 |
(2008年10月) |
01 バイク (2008年10月) |
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| 会場の吉田町商店街の入り口で配布されたイベントパンフレットによると、ラ・マレアの初演は2005年のブエノスアイレス、以降ブリュッセル、ベルリン、リーガほかで公開され、横浜吉田町が2008年10月の開催地として選ばれたとのことです。 |
03 本屋 (2008年10月) |
吉田町商店街に面し営業中のバー (2008年10月) |
04 待ち人 (2008年10月) |
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| 脚本と演出はアルゼンチンのマリアーノ・ペンソッティ氏、事前にオーディションで選ばれた人たちが吉田町商店街の店頭や街路上で9つの演目を同時に披露するというイベントです。 ステージと観客席との境界線は、光と影。 スポットライトの四角い光芒で切り取られた夜の商店街の一角がラ・マレア横浜のステージでした。 そしてスポットライトに照らされない影の部分が、すべて観客席。 演じる人たちは終始無言です 旧来の演劇でいうところのせりふは、路面や壁面に設置した液晶モニターに、字幕で表示されます。 座り込んだり立ち止まったり思い思いの姿勢で観客は、ステージ上の演技を鑑賞し字幕を読み取ります。 事前に準備する効果音も音楽も、無し。 強いて定義するならば、通りを隔てて聞こえてくる自動車や電車の走行音、通常どおり営業中の飲食店のざわめきや、通行人の話し声や足音、そして周囲の観客の気配が、ラ・マレア横浜の効果音です。 |
06 パーティ アンティークショップのバルコニー (2008年10月) |
07 バー レストラン前の歩道がステージ (2008年10月) |
09 接吻 後方は営業中の串焼き屋さん (2008年10月) |
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| 演目は合計9つ。 歩行者専用に通行を制限した吉田町商店街の1ブロックに、9つのステージが用意され同時に9つの演技が進行します。 私と家内が感じた主題は、人生の迷い。 親としての戸惑い。 男と女の出会いと共感と別離。 思い込みと思い違い、打算や思惑と計算違いにすれ違い。 仮に自分自身がこれと同じ立場におかれたら、たぶん絶望するのではないか思います。 しかしながら目の前の演技と字幕を自分たちと比べたときに、おもわず2人とも顔を見合わせ、そして微笑みがもれます。 「うん、これと同じような思いをしたことが、あるような気がする。」 「でも、あきらめなければ、な んとかなるものよね。」 うううっ、お気楽な性格に、お気楽な人生。 ほんとうにうらやましい。 元町、日本大通りや馬車道から、私たちが伊勢崎町に移動するときのルートは、いつも吉田町商店街。 しかしこの晩、ラ・マレア横浜の吉田町は、とても不思議な街でした。 日常の中で感じる非日常。 知らず知らずに迷い込んだ異空間。 私たち2人にとって、きわめて興味ぶかい体験です。 「私たち結婚したのは、1982年だったかしら?」 「うん、26年前だね。」 「長男や次男に、この演技がわかるかしら?」 「ううぅーん、 わかるかどうか、わかんない。」 |
(2008年10月) |
(2008年10月) |
(2008年10月) |
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| 吉田町の歴史は、徳川幕府の横浜開港まで遡ります。 横浜開港にともなって1859年に設置された開港場には、外国人居留区が設置されて日本人の立ち入り制限され、吉田橋に関所が置かれました。 吉田橋から馬車道を経由して外国人居留地にいたる道路が、吉田町商店街や馬車道商店街の前身です。 そして1872年に新橋と横浜間に鉄道が開通して以降、当時の横浜駅(現在の桜木町駅)と港をつなぐ道路上の吉田橋商店街は、発展しました。 この吉田橋の関所を境として日本人の立ち入りが制限された地域を関内と呼び、その外部が関外と呼ばれました。 元町商店街の発祥も、外国人居留地の設置にともない横浜村を強制的に山裾側へ移住させた1860年に遡ります。 堀川によって関内と隔てられました。 |
(2008年10月) |
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| 10月にはいってから横浜は、涼しい日々が続いています。 私たちは、夜型だった週末の行動様式を、昼型に戻すことにしました。 |
夜型だった行動様式を昼型に変更 (2008年10月) |
翌日の夕方 横浜は秋雨 (2008年10月) |
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| ラ・マレア横浜を観た翌日の日曜日、午前中は快晴でしたが、横浜の午後は秋雨でした。 |
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94)二者択一 2008 10月中旬の週末に家内と相談して、1974年式MGB(KH◎N)の登録を抹消することを決めました。 1980年8月以来28年間にわたり乗り続けたMGBの車検は更新せず、2008年12月をもって廃車にする予定です。 私たちに様々な思い出を提供してくれた1974年式MGB(KH◎N)。 しかし2008年11月に母と私がエントリーするヴェトロモンターニャが、1974年式MGB(KH◎N)で参加する最後のイベントになる予定です。 そして2009年1月から、私たちは1980年式MGB(KH◎S)との生活を続けます。 |
助手席には家内 運転席は私 後方は末弟とその長女の1980年式MGB(KH◎S) (2008年4月 記念写真集に付属の画像データ) |
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エンジンオイル、ブレーキオイル、クラッチオイルとエンジン冷却液、それに各ランプの点灯状態。 簡単に点検を済ませて、家内と一緒に週末のショッピング。 途中で休憩に立ち寄った喫茶店。 話題は、いつものとおり長男と次男の将来。 2008年4月に社会にでた長男と次男。 社会のために貢献してくれるかな? きっと大丈夫よ。 長男も次男もいずれ近い将来、独立してそれぞれの家庭を築くことでしょう。 そして家内と私は、ふたたび2人の生活に戻ります。 |
後方は148号車とジネッタG12 (2008年4月 記念写真集に付属の画像データ) |
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| 「自分達の趣味は自分達で見つけて幸せな人生を」という家内の希望どおり、長男も次男も「自分の車は、力量に応じて自分で入手する」というスタンスです。 それゆえ、長男と次男が結婚して6人になっても「MGBが3台あるので6人乗れる」状況にはならないはず。 「2台あれば4人乗れる」と私が主張した必要性はなくなり、ふたたび2人で生活するのであれば「MGBは1台でOKね」というのが、家内の見解です。 家内にしてみれば時間をかけて考え出したロジック。 乾坤一擲の大作戦なのでしょう。 慎重に言葉を選んで包囲網をせばめます。 考えたね。 一瞬の沈黙。 「うん、いいよ。 それじゃ12月にグリーンのMGBを廃車にしよう。 継続車検は申請せずに、登録は抹消だ。」 「あら、ずいぶんと素直ね。 どーしたの?」 |
(2008年4月 記念写真集に付属の画像データ) |
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| 製造されてから34年、私たちが乗り始めてから28年が経過していますが1974年式MGB(KH◎N)は、まだまだ使える状態です。 あまりにも簡単に、登録を抹消して廃車にすると私が応えたので、家内は怪訝な面持ちです。 「ねぇ、ほんとに、ほんとに、ほんとう?」 人生という道を歩んでいると、分岐点にさしかかることが何回もあります。 右に行くか、左に行くか、それとも引き返すか。 タイムマシンを持たないので、引き返しはしません。 分岐点で歩みをとめたまま選択を保留にすることも、私たちはしません。 |
(2008年4月 記念写真集に付属の画像データ) |
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1980年式MGB(KH◎S)のエンジンは、2年前の2006年に換装した5ベアリング圧縮比8.8の18GBエンジン。 ピストンはオーバーサイズ。 キャブレターはもともと1974年式MGB(KH◎N)に搭載していたSUツイン。 しかもトランスミッションはオーバードライブ付きで現在は8速マニュアル。 1974年式MGB(KH◎N)からクロームのグリルとバンパーを外して、1980年式MGB(KH◎S)のとても重いラバーバンパーと交換すれば、新しい世界がきっと僕たちを待っているのだよ。 |
ゴールの出会いの森総合公園 (2008年4月 記念写真集に付属の画像データ) |
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| 「ねぇ、本当に廃車にするの?」 1989年10月に2台目のMGBを入手してからちょうど19年、家内はまだ信じることができない様子です。 家内を冷静に観察すると、疑問符が頭上にとびかっています。 「???」 5本のワイヤホイールと幌はつけたまま廃車。 クロームのグリルとバンパーとフロントウインカー、ヘッドライトや補助灯は外そう。 トランクキャリアとウインドシールドガラスも外そうかな・・・。 おお、そうだ、マスコットの桃饅頭や小龍包も、外す必要がある。 うまくいけば2009年1月以降は、18GBエンジンにSUツインキャブ、軽量化したフライホイール、8速オーバードライブトランスミッション、フロントスタビライザー付き。 しかもクロームグリルにクロームパンパーの軽量ボディさ。 最新型のスポーツカーと比較すると動力性能や快適性は劣るけれども、僕の運転技量にはちょうど良いバランス。 末弟が言ったように、これであと10年は楽しめるかな? 10月中旬の喫茶店。 同床異夢状態の2人でした。 |
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95)コルモラーニ 2008 10月18日(土)と19日(日)にモーターフェスティバル コルモラーニ2008が開催されました。 私たちが、はじめて参加したのは2006年でした。 コルモラーニは岐阜県、岐阜市、大垣市、各務原市の自治体と岐阜県内の民間企業が協力して企画運営をおこなう全国でもめずらしいイベントで、その開催方法もきわめてユニークです。 |
岐阜メモリアルセンターの芝生広場にエントリー車両を展示します (2008年10月) |
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| 私たちは岐阜メモリアルセンターに直行して午前中に受付を済ませましたが、大垣市と各務原市にも会場がセットされています。 18日の午前中にこれらの会場に集合したエントラントは式典と各種イベントの後、オオガキ・コルモラーニ・パレードとカカミガハラ・コルモラーニ・パレードで岐阜会場に向かい、午後3時過ぎには岐阜メモリアルセンターにすべての参加車両が集合します。 2会場から参加車両が到着したというアナウンス、そして歓迎の声援と拍手に迎えられてエントラントが入場。 とても素敵な演出だと思います。 |
1台ごとに車両とエントラントの紹介を受け スタートするトヨタ2000GT (2008年10月) |
1955年式シボレーベルエア 希望するエントラントが岐阜市内をパレード (2008年10月) |
芝生広場に戻ってきたエントラント ロングホイールベース車はスロープ要注意 (2008年10月) |
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| 岐阜会場のイベント内容はバラエティーに富んでいます。 芝生広場でエントリー車両の展示とオートジョンブル、芝生広場特設ステージでは、アトラクション。 南プラザではトヨタ博物館所蔵の車両を展示するスペチアーレと岐阜名物を提供する「うまいもん横丁」。 飛騨牛、みたらし団子、そして五平餅。 |
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| 岐阜市内のフィオレンティーナ・パレード、そして根尾のうすずみ温泉「四季彩館」が折り返しチェックポイントのコルモラーニラン。 いずれも魅力ある企画です。 芝生広場の車両展示は国別に区分されます。 日本、アメリカ、イタリア、ドイツ、そしてイギリス。 1980年式MGB(KH◎S)を係員の指示に従ってイギリス車コーナーの所定グリッドに駐車。 パラソルやピクニックテーブルを持し家族や友人とエントリーしている人たちも多く、気さくでなごやかな雰囲気の芝生広場を拠点にして、私たちは1泊2日のイベントを堪能しました。 2005年の長野のイベントや、コルモラーニ2006で知り合ったエントラント。 そして2年ぶりに再会した関西のMGBオーナー。 |
イベント規模は着実に拡大しています (2008年10月) |
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| イベント初日に私たちはコルモラーニランに参加しました。 11時30分に最初の参加車が芝生広場をスタートし、コース図に従ってうすずみ温泉のチェックポイントで折返し、ふたたび芝生広場に戻ります。 |
家内を助手席にコルモラーニラン (2008年10月) |
スタートはメインステージのテント (2008年10月) |
カラーはセミグロスのブラック (2008年10月) |
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| 1980年式MGB(KH◎S)の補助灯は、もともとは艶消ブラックのボディでしたが、2007年10月にホワイトに塗装。 運転席からの視認性が向上して前方の距離把握が容易になったので満足していました。 しかし、週末の行動様式を夜型にシフトする2008年8月、照明の無い山道を長時間ドライブしたところ、補助灯ボディへのヘッドライトの反射が眩しいことに気がつきました。 よる年波には勝てず筋力が弱まったので、夜間走行で瞳孔が開いてしまい、眩しくて眩しくてどうしようもない状態になったのだと思います。 たとえようのない眼の疲れ、仮眠をとって出発すれば以前はこんなことはなかったのに。 でも防眩塗装を施せば大丈夫。 |
瞳孔調整筋力のおとろえを痛感しました (2008年10月) |
フランスCIBIE社のバイオスカー (1977年2月) |
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夜間の長時間ドライブはヘッドライトの反射が眩しい・・・ (2008年8月) |
これならば弱った瞳孔調整筋力でも大丈夫 (2008年9月) |
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| 部分的にブラックで塗装したので夜間も運転しやすくなりました。 自分勝手にホワイトに再塗装しておいて、眩しくて眼が疲れると言ってまた塗りなおす。 家内に言わせると「余計なことをして、ほんとうに手がかかる。」 |
目的地は薄墨桜があるうすずみ温泉 (2008年10月) |
家内が撮影したので低視線です (2008年10月) |
チェックポイントで岐阜名物の富有柿の配布 (2008年10月) |
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| 岐阜市内を抜けて国道157号線で根尾川に沿ってうすずみ温泉に向かう指定コース。 快晴の青い空と白い雲。 初秋の澄んだ空気と陽光につつまれた田園風景の巡航。 都会の喧騒はしばし後方に流れ去り、私たちは開放的で爽快な気分にひたります。 「きもちがいいね。」 3箇所の会場と180台を超えるエントリー、多数の入場者が訪れるコルモラーニ。 会場の設営、コースの設定、アトラクションやレセプションパーティの手配や当日の運営。 企画と準備段階からイベント終了まで、たずさわる多くの人たちの熱意と努力なくしては実現することのないイベントです。 |
絶好の休憩ポイント (2008年10月) |
1980年式MGB(KH◎S)も小休止 (2008年10月) |
べック550スパイダー (2008年10月) |
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べック550スパイダーはガルフカラー (2008年10月) |
主婦の本能を刺激します (2008年10月) |
日産サニー1000 (2008年10月) |
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こうした楽しいひとときを過ごすことができるのも、その人たちのおかげだと言うことを、私たちは忘れません。 そして、その感謝の気持ちをあらわす第一歩は安全運転、無事故・無違反で横浜の自宅に戻ることからはじまります。 まだ若かった独身時代に私が参加していた関東地方の大学自動車部が主催する様々な学生ラリー、スタート前のドライバーズミーティングでは違反や事故をおこさない模範運転が必ず要求され、エントラントはそれを誓約しました。 「だって競技中の違反ひとつで翌年のイベントが中止になり、事故ひとつで自動車部が廃部の可能性もあるんだ。 それが学生ラリーの世界だった。」 「自動車を運転することには大きな社会的責任がともなう。 ゼッケンを貼って公道を走るのも、当然それと同じさ。 だから必ず無事故・無違反、安全運転。」 家内いわく「それに故障がなければ完璧ね。」 そんなの、わかるもんか。 |
(2008年10月) |
(2008年10月) |
(2008年10月) |
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| 幸い私たちは無故障で岐阜メモリアルセンターにもどることができました。 「あとは、ずうぅーっと展示でしょ。」 走行中に突然故障という緊張感から開放された家内と、整備していれば(たぶん)大丈夫と確信する私は、芝生広場から南プラザの「うまいもん横町」へ。 飛騨牛、みたらし団子、そして五平餅。 |
肘まであるオートバイ用のグロ−ブやアクセサリー類が感動ものです 車両もすばらしいけれどエントラントの発想が魅力的 2006年以降オート三輪フリークの家内が絶賛していました (2008年10月) |
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| コルモラーニ2006や金沢ノスタルジックカーフェスティバルでオート三輪ファンとなった家内が絶賛したクロガネKP−2。 運転席を見るとオートバイがルーツであることがわかります。 ドライバーはお医者さんの扮装、肘まであるバイク用の皮製グローブと皮製のレッグプロテクター、頭にはソフト帽そしてズボンにはサスペンダー。 すっすばらしい。 そして助手席には看護婦さん。 オート三輪で往診という状況設定です。 往診カバンも搭載しています。 ベストドレッサーコンテスト入賞確実であると、一見しただけでわかります。 そうか、この手があったか! 「来年は僕たちも」とふりむく私に、家内は「だめ! 絶対にだめ!」 |
(2008年10月) |
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96)ヴェトロモンターニャ 2008 2006年と2007年は末弟や長男、次男と2台のMGBでエントリーしましたが、都合をつけることができなかったため残念ながら今年は1台、母と1974年式MGB(KH◎N)でヴェトロモンターニャ2008に参加しました。 長男と次男は父や家内と一緒に、横浜の自宅でお留守番です。 |
母と1974年式MGB(KH◎N)そして私 (2008年11月) |
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| ヴェトロモンターニャは高野山観光協会に実行委員会がおかれるイベントで、2008年は17回目の開催です。 主催者の説明によると68名のスタッフは全員ボランティア。 その企画と運営からは、ほのぼのとした暖かさと優しい心遣いを感じることができます。 気取りや華美な装飾を廃したいぶし銀のような輝きと、心が休まる家族的な雰囲気。 私にとっては、日頃からメンテナンスをしているとはいえ無故障で完走できるか否かという適度の緊張感。 そして母にとっては待ちに待ったイベントに参加する高揚感。 |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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| たとえば、昼食会場常喜院の「ヴェトロ庵」、第1チェックポイントの豚汁、第2チェックポイント紀菜柑の草もち、そしてゴール後のうどん。 これらは母親の手料理を彷彿とさせます。 さらにカラープリンターで出力された案内状、タイムテーブル、各種の説明書、記念品や賞品に添えられたメッセージそして注意事項のメモ。 夏木陽介さんのために用意された、見るからにスタッフの手作りと思われるくす玉。 素朴で飾り気のない善意。 |
1974年式MGB(KH◎N) ゼッケン53 (2008年11月) |
祝 夏木陽介氏芸能生活50周年 ゼッケン15のMGA (2008年11月) |
三宝院のウエルカムパーティ 夏木さん芸能生活50周年記念祝賀会 (2008年11月) |
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お祝いのくす玉を掲げる実行委員 (2008年11月) |
紀菜柑でもファンにかこまれます (2008年11月) |
ジャガーSS100 (2008年11月) |
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| そしてこれに応える参加者の心意気。 たとえば、ゼッケン15深紅のMGAのボディのメッセージ。 いわく、祝夏木陽介氏芸能生活50周年。 雨天にもかかわらず展示会場を訪れる自動車好きの方々、高野山から併走してくれるホンダビートのオーナーたち、そしてJA紀南の紀野柑に軽快な排気音を響かせてあらわれた国産モーターバイクの雄、なんと陸王(しかもサイドカー付)。 |
1936年式ジャガーSS100 (2008年11月) |
傘で雨をしのぐライレー (2008年11月) |
アストンマーチン (2008年11月) |
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ゼッケン04レッドのTDミジェット (2008年11月) |
ゼッケン06のジャガーXK120 (2008年11月) |
ランボルギーニ (2008年11月) |
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| これらのすべてがモザイクアートのごとく組み合わされたとき、ヴェトロモンターニャーの魅力が私たちの前に姿をあらわします。 |
母の希望で高野山名物を横浜に送ります (2008年11月) |
母は地方発送をお願いし私は店内で待機 (2008年11月) |
みろく石本舗かさ國さん (2008年11月) |
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このお店を訪れるのは今年2回目です (2008年11月) |
そして11月に母と訪問 (2008年7月) |
11月に見事に紅葉 (2008年11月) |
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| 何ヶ月も前からヴェトロモンターニャを心待ちにし、接骨院に通院して体調を整え、長期天気予報をチェックして服装を選び、準備万端の母を助手席に1974年式MGB(KH◎N)で横浜の自宅を出発しました。 イベント前日に高野山の宿坊に前泊しイベント最終日はゴール地点の白浜温泉に1泊するというのが2008年の私たちの旅程です。 |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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高野町には金曜日の昼過ぎに到着。 宝亀院で祖父母と叔父の供養をお願いした後、母の希望で高野山名物のごま豆腐や和菓子を自宅宛に発送してから宿坊にチェックイン。 そして土曜日と日曜日、高野山の天気は雨でした。 2005年の初参加以降いつも天候の回復した高野龍神スカイラインを走った私たちとって、初めての雨。 小雨にうたれ霧にかすむ道路脇の紅葉は、しかし想像以上に鮮やかで風情があります。 「晴天の高野龍神もすばらしいけれども、雨でもとても魅力的。 紅葉がこんなにも引き立つなんて想像もしていなかった。」というのが母の感想でした。 |
前はジャガーEタイプ (2008年11月) |
高野龍神スカイライン (2008年11月) |
暖かい豚汁が提供されました (2008年11月) |
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(2008年11月) |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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JA紀南「紀菜柑」 (2008年11月) |
ホンダビート (2008年11月) |
約1時間ほどの休憩をとりました (2008年11月) |
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大勢の人たちが見物にきてくれました (2008年11月) |
白浜のホテルシーモア (2008年11月) |
第3チェックポイントで昼食休憩 (2008年11月) |
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高野龍神スカイラインから奇絶峡に、そして田辺市から白浜へ。 第2チェックポイントのJA紀南「紀菜柑」、第3チェックポイントのホテルシーモアをとおり、私たちは無事にゴールの旧白浜空港に到着しました。 そして私にとって、待ちに待った滑走路を使ってのSS400mのタイム計測にチャレンジ。 計測タイムは、20.74秒。 |
旧白浜空港 (2008年11月) |
コースは滑走路 (2008年11月) |
スタートの合図を待ちます (2008年11月) |
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ホワイトのポッドがガイドライン (2008年11月) |
駐機場の参加車両も小休止 (2008年11月) |
高野町特産の野菜 (2008年11月) |
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(2008年11月) |
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| 2008年のヴェトロモンターニャは、スタンプラリーとクイズラリーという新たな形式が採用されました。 参加車は各チェックポイントでクイズの回答用紙に通過スタンプを押印してもらい、ゴールで参加者の回答を記入して提出します。 最も難しかった設問は、ジャガーSS100と事務局の資材運搬用軽自動車のSS400mの合計タイムでした。 正解は46秒。 私たちの回答は残念ながら45秒。 正解者は僅かに2名でした。 旧白浜空港の駐機場で閉会式を待ちながら母に印象を尋ねたところ、JA紀南「紀菜柑」で見たサイドカー付きオートバイは、すばらしかった。 「ほんとうにめずらしいものを見た」とのこと。 たしかにそのとおりです。 アメリカのハーレイダビットソンを軍用に国産化した日本製モーターバイクの雄「陸王」。 書籍の写真で見たことがありますが、実物を見るのは私は生まれて初めてです。 年代を感じさせる見事としか表現することができない状態に維持されています。 新車同様にレストアして楽しむのも、こういった状態で楽しむのも、いずれも甲乙つけ難い魅力を強く感じたひとときでした。 |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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参加証とパンプレットとコース図 (2008年11月) |
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| 閉会式で、私たちはアットホーム賞をいただきました。 賞品は高野町特産の野菜の詰め合わせ。 丹精をこめて育てあげ収穫した生産者のメッセージカード付きです。 「ほんとうにありがたいことだね、来年も参加しようね。」という私。 「この車は12月で廃車だろ。 今年は仕事の都合で1台の参加だったけれど・・・」と母。 仮に仕事の都合がついても来年は2台で4人の参加はできないという母のこの言葉は、横浜に戻ってから徐々にその重みを増していくのでした。 |
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97)ウッディパーク鹿沼スペシャルステージ 2008 高野山から横浜に戻った2週間後の週末に、家内と2人でウッディパーク鹿沼スペシャルステージに参加しました。 鹿沼市の市制60周年記念と第6回かぬま冬まつり開催初日の催し、そして秋の景色とおいしい鹿沼のお蕎麦を楽しもうという主旨で、鹿沼商工会議所が企画したイベントです。 例年は4月に開催されるウッディパーク鹿沼ステージ。 2008年は4月と11月、鹿沼の春と秋を体験する絶好のチャンスでした。 イベント終了後は、家内の希望でライトアップされた東京タワーから夜景見物。 銀座で夕食を摂ってから自宅に戻りました。 |
エントリー各車はアーチをくぐってスタートします (2008年11月) |
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| 深まり行く2008年の秋、快晴の晴天に恵まれた11月22日の早朝、1980年式MGB(KH◎S)で自宅を出発し集合場所の鹿沼商工所の駐車場に向かいました。 横浜からのルートは首都高速と東北自動車道。 日の出は6時23分。 徐々に明るくなる東北自動車道を鹿沼に向けて北上中に、ロールス・ロイスやベントレー、小気味良よい排気音を響かせて巡航するFIAT500に出会いました。 すべてウッディパーク鹿沼スペシャルステージへのエントラントです。 |
紅葉をモチーフに季節感あふれるデザイン (2008年11月) |
鹿沼商工会議所の駐車場 (2008年11月) |
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緊張した表情のナビゲーター (2008年11月) |
無事に到着した折り返しポイント (2008年11月) |
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| 主催者が配布したパンフレットによると参加車両は全部で40台、鹿沼商工会議所がスタートとゴール、古峯神社を折返し地点とし都合2ヶ所のスタンプポイントを通過するスタンプラリー形式のイベントです。 |
シルバーゴースト (2008年11月) |
大きさの違いが顕著です (2008年11月) |
1934年式ベントレー (2008年11月) |
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(2008年11月) |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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6.5リッターのレーシングカー (2008年11月) |
Tタイプミジェットの原点 (2008年11月) |
TA TB TC TD そしてTF (2008年11月) |
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フィクストヘッドクーペ (2008年11月) |
1948年式FIATチシタリア (2008年11月) |
遠景は鹿沼商工会議所 (2008年11月) |
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| 計算ラリー、タイムラリー、スタンプラリーの相違点を説明しても、とても理解しているとは思えない家内をナビゲータに、とりあえずスタート。 幸いミスコースすることなく折返しポイントの古峯神社の駐車場に到着しました。 |
ロールス・ロイス (2008年11月) |
2台のベントレー (2008年11月) |
ラゴンダV12ルマン (2008年11月) |
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(2008年11月) |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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かがやく陽光 (2008年11月) |
実りの秋 (2008年11月) |
美しい田園風景 (2008年11月) |
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走行すると折り返しポイント古峯神社 (2008年11月) |
休憩をとるエントラント (2008年11月) |
私たちは古峯神社へ (2008年11月) |
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| ルートは、若い頃から親しんだ計算ラリーのコース図に従った表記で示されています。 しかし帰路はあくまで主催者の推奨コース。 鹿沼蕎麦認証店(全27店)のマップがコース図に綴じ込まれており、1チームあたり任意の2ヶ所の認証店で昼食を兼ねて鹿沼蕎麦をいただくことができるクーポンも同封されています。 さらにマロニエ21のオークションとマグロ解体ショー、粟野地区のお祭り、かぬま冬まつりのライトアップを案内するパンフレットも提供されました。 |
鳥居をくぐって境内へ (2008年11月) |
緑と紅葉のコントラスト (2008年11月) |
1300年以上の歴史ある神社 (2008年11月) |
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| 古峯神社から推奨ルートを参考に、任意のコースで鹿沼商工会議所に戻ります。 スタンプラリーの緊張から開放されたナビゲータの関心は、当然の別のテーマに移行。 神社に参詣した後は茶店で甘酒(私はお茶)がほしいと言いだしました。 粟野地区のお祭りも見てみたいし、鹿沼蕎麦の認証店は「ここ、それからここの2店がいい。」とのこと。 |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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粟野地区 (2008年11月) |
せせらぎ (2008年11月) |
とても懐かしい (2008年11月) |
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よさこいソーランのコンテスト (2008年11月) |
いちご (2008年11月) |
大勢の人たちで賑わいます (2008年11月) |
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| さっそく甘酒休憩の茶店でコースチェック。 粟野地区で開催されるふる里あわの秋祭りの会場は、どう見ても推奨ルートとは反対方向です。 鹿沼蕎麦の専門店2店はルートマップで示されていますが、悲しいことに土地勘が充分とは言えず、所要時間の見極めが難しい。 「時間の余裕はありますので、鹿沼の秋をお楽しみください。」とドライバーズミーティングで説明を受けたので、たぶん大丈夫。 結局、結論はGO! |
33号車 (2008年11月) |
34号車ロールス・ロイス (2008年11月) |
前の車両はTFミジット (2008年11月) |
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| 澄みわたった青空、白い雲、かがやく陽光、そして美しい秋の田園風景。 開放的で爽快なツーリングを楽しむことができましたが、鹿沼商工会議所の到着したのは閉会式10分前の14時50分、しかも最後から2番目というブービーゴールでした。 「あまりにも楽しいので粟野地区に長居しすぎたのが失敗の原因だ。 ペース配分を間違えました。」 全車が所定時間内に無事にゴールに到着したとはいえ、主催者に心配をかけてしまった33号車でした。 |
和気あいあいとした鹿沼の魅力を象徴します (2008年11月) |
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鹿沼商工会議所の説明によれば、鹿沼の蕎麦の収穫量は日本一、しかも11月は新蕎麦の季節とのこと。 同じメニューを注文しても、鹿沼蕎麦認証店によってその歯ざわりや風味は異なります。 それがお店の個性であり、魅力でもあります。 同じ日に複数の新蕎麦をいただくことができるなんて、私たちにとって初めての機会でした。 鹿沼市のイベントはとても親しみやすく家族的な雰囲気にあふれています。 春と同様、秋のウッデパーク鹿沼スペシャルステージでも沿道の人たちから声援を受けました。 また粟野地区では私たちと同年配のご夫婦と一緒に記念撮影。 ほんとうに楽しい秋の週末でした。 |
(2008年11月) |
(2008年11月) |
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着工は1957年6月29日 (2008年11月) |
映画3丁目の夕日のジオラマ (2008年11月) |
完成は1958年10月14日 (2008年11月) |
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展望台は地上150m (2008年11月) |
1958年12月23日に開業 (2008年11月) |
とうふ会席料理のうかい (2008年11月) |
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銀座4丁目交差点に向かいます (2008年11月) |
11月22日にリニューアルオープン (2008年11月) |
うれしそうに笑顔の家内 (2008年11月) |
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(2008年12月) |
(2008年12月) |
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| そもそも1974年式MGB(KH◎N)は継続車検の申請をせずに12月に登録抹消の予定でした。 しかし高野山から横浜に戻り「登録抹消・廃車」が徐々に知れわたるにつれて、家族内から廃車にするなんてもったいないという数多くのご意見とご要望(実際は限られたメンバーからの数次にわたる意見具申)が私たちによせられました。 そして家内と再び相談した結果、1974年式MGB(KH◎N)の継続車検を申請することとしました。 |
家内と一緒にテストドライブ (2008年12月) |
レストランで遅い昼食 (2008年12月) |
元町でウインドウショッピング (2008年12月) |
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私たちは山手通りに移動 (2008年12月) |
横浜山手聖公会教会 (2008年12月) |
エリスマン邸 (2008年12月) |
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「2台あれば4人乗れる」 家族そろって2台のMGBでイベントに参加できる。 ウッディパーク鹿沼ステージにエントリーした末弟や姪の嬉しそうな笑顔。 ヴェトロモンターニャに参加しスタート前は緊張していた長男や次男の表情。 それが走行中にで徐々にやわらぎゴールした後のほんとうに楽しそうな顔。 次も一緒に高野山に行くと、日頃から体調と準備を整える母。 7月の高野山はすばらしかったと半年たっても思い出話をする父。 「エッ廃車にしちゃうの」と妹。 廃車にするならばもう一度みんなでツーリングに行こうかと言う三弟。 しかし誰も「それならば自分が乗る」とは言わないのが現実です。 「だって手がかかるもん当然よ」と家内。 トホホホホ。 そういうことなら継続車検を手配しよう。 |
(2008年12月) |
(2008年12月) |
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(2008年12月) |
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| フロントバンパーレスの1980年式MGB(KH◎S)はあくまでも暫定仕様。 次はリアバンパーも外して前後ともにバンパーレス状態が第2ステップ。 そして1974年式MGB(KH◎N)からクロームグリルとクロームバンパーを外して付け替える計画でした。 ラバーバンパーを前後ともにクロームバンパーにすれば車両重量を約45kgは軽くすることができる。 当初の予定どおり1974年式MGB(KH◎N)を廃車とするのであれば・・・。 |
(2008年12月) |
(2008年12月) |
(2008年12月) |
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SUツインキャブ。 オーバーサイズピストンに圧縮比8.8の18GBエンジン。 軽量化したフライホイール。 オーバードライブ付8速トランスミッション。 フロントスタビライザー付サスペンション。 クロームグリルにクロームバンパー。 そしてベースはMGB量産最終1980年モデル。 2008年10月に私が思い描いた1980年式MGB(KH◎S)のあるべき姿は、あともう少しというところでのばした指先からこぼれ落ちていきました。 紆余曲折は人生の常。 これで希望がすべてが失われるわけではない。 時は去りぬ、しかれどもふたたび時めぐり来たりなば、いつかそのうちかならずきっと・・・と自分にいいきかせながら、私は1980年式MGB(KH◎S)に重たいフロントバンパーを装着しました。 |
1980年式MGB(KH◎S) (2008年12月) |
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| 1981年にラバーバンパーを外したMGBを運転してその違いに驚き、1974年式MGB(KH◎N)は1997年にクロームのグリルとバンパーに。 2006年には1980年式MGB(KH◎S)の18Vエンジンを18GBと交換して、その差に驚きました。 「うーん、侮りがたしMGB。 実に奥がふかい。」 「これが最期かと思っても復活しちゃうのね。」 「うーん、業もふかいのかも知れない。 切ろうとしても切れない縁。 比翼の鳥、連理の枝・・・。」 |