第13部 2台でふたたび
(2009年1月〜2009年8月)
99)年去り年来たる 2009 
  2009年1月初旬の穏やかな天候は、成人の日を翌週にひかえた金曜日に一転して下り坂となり、横浜は雨そして東京では初雪が降りました。 乾燥した大気に適度の湿度をもたらせた天候は土曜日の未明に回復し、週末の横浜は快晴でした。 1980年式MGB(KH◎S)にラバーバンパーを装着し、1974年式MGB(KH◎N)の継続検査は無事に完了し、新年とともに私たちは2台のMGBとの生活を再開しました。
  ラバーバンパーと3連ワイパーが特徴の1974年式MGB(KH◎N)を入手した直後、箱根でラリー仕様のカローラSL5に追いつくことができなかった1980年。 レッドの車体色をグリーンに塗装する際に、外したラバーバーバンパーの重さに驚いたのが1981年。 そして数えて16年後の1997年にラバーバンパーの呪縛を解き放ち、クロームのグリルとバンパーで軽量化。 しかし、程なくSUツインのキャブレターを1980年式MGB(KH◎S)に譲りわたし、2002年10月以降1974年式MGB(KH◎N)はSUシングルキャブレターを装着しています。
  他方2006年9月、私は1980年式MGB(KH◎S)のクランクシャフトのメタルを巡航中に破損しました。 コンロッドは曲がり、変形したクランクシャフトは再使用をあきらめざるを得ない状態でした。 同じ型式のエンジン(18Vエンジン)のシリンダーブロックは見つからず、1965年式と1966年式のMGBが搭載していた18GBエンジンのシリンダーブロックを薦められました。 同じ5ベアリングですが圧縮比は8.8。 オーバーサイズのピストンが組み込まれていました。 さらにフライホイールは軽量化しました。 18GBエンジンとSUツインキャブレター。 「MGBが元気だった頃の仕様に近づきましたよ。」という英国車専門ショップのリーフガレージ代表の言葉どおり、私はその違いに驚きました。 「重いラバーバンパーを前後に装着してこの状態。 より軽量のクロームのグリルとパンバーならば・・・。」 
1974年式MGB(KH◎N)
エンジンは圧縮比8.0の18V
ストロンバーグをSUシングルキャブレターに換装
トランスミッションは4速マニュアル
ラバーバンパーをクロームのグリルとバンパーに改造
フロントスタビライザーの標準設定は無し
(2009年1月)
1980年式MGB(KH◎S)
エンジンは圧縮比8.8の18GB
SUツインキャブレターを1974年式MGBから拝借
電磁式オーバードライブ付マニュアルトランスミッション
とても重たいラバーバンパー(重量は家内とほぼ同等)
フロントスタビライザーを標準装備
(2009年1月)
MGB
MGB
 
  MGBの4気筒OHV1800ccエンジンは、高出力ではありません。 圧縮比8.0の18Vエンジンのカタログ出力はゼニスストロンバーグのシングルキャブレターと触媒を装着した北米仕様で、グロス62hp。 圧縮比8.8の18GBエンジンにSUツインキャブレターを装着した欧州仕様でさえ、95hpです。 現代のエンジンと比較する場合「またまた、そんなご冗談を・・・。」と言われてもおかしくない数値です。 「そのうちに、もっと出力の高い自動車に乗り換えるだろう。」 ところが、予想とは別の回答に私はたどり着きます。 技術は進歩し10年も経てば、より高性能の自動車が発売されます。 それらの新型車を乗り継いで技術の進歩を実感することは、魅力ある自動車の楽しみ方です。 動力性能の差は、しかし私にとって、魅力の差を意味しませんでした。 スポーツカーを運転する歓びはもうすこし違う次元にあると、私は考えたのです。
  新緑や紅葉の高原を、松林の海岸線、あるいは満天の星空の峠道をMGBで走ると、時速30kmでも40kmでも楽しいよ。 「運転自体を楽しむために設計される自動車のあるべき姿とはこういうものかも知れない。」と、悟りの境地の私。 「だって高速道路で時速100kmは出てると思っても、メーターをみたら70km。 車高の低さや風と音の大きさで錯覚するのよ。 時速30kmや40kmが分相応ね。」と、あきらめの境地の家内。
  もしかすると人生は、錯誤と幻影、そしてわずかばかりの真実で構成されているのかも知れません。

年末に廃車の予定が180度の方針転換
継続検査を受検して不死鳥のようによみがえった
1974年式MGB(KH◎N)
非力なエンジン出力をバンパーの軽量化で補った仕様です
(2009年1月)
MGB
  常に最高の動力性能と快適性そして安全性が要求され、自動車は年々進化していきます。 そして新しい設計の自動車が毎年発売されます。 金沢のノスタルジックカーフェスティバル2007や岐阜のコルモラーニ2008の会場で、私も家内も驚きました。 1950年代や1960年代の日本車はとても小さい。 それと比較した場合、現代の日本車はいずれも大きい。 子供の頃は体が小さいので、相対的に自動車は大きいものだと思ったのかな? その印象をもったまま皆が大人になるから新発売の自動車は年々大きくなるのかな? でも1910年式のロールス・ロイスや1928年式のベントレーは、とても大きい。 うーん、よくわからな い。
  しかしはっきりしていることもある。 「ほら、室内がひろいので快適と言われるけれど、ひろければ快適なのは当然さ。 でも、運転席に座り水平に手をのばして助手席側のドアに指先がとどく幅が、僕にはちょうど良い。 これより幅がひろい自動車を運転すると、いつも違和感を感じる。」 これと同じように最適と感じるバランスポイントが、各人すべてにあるはずさ。 僕にとってのバランスポイントがMGBだったのだと思う。
  現在の2台のMGBも、それなりにバランスしていると私は思います。 つまり、北米排気ガス対策に適合するための出力低下を、クロームのグリルとバンパーによる軽量化により相殺しようという1974年式MGB(KH◎N)。 北米安全対策を満足するために装備したラバーバンパーによる重量増加を、より高い圧縮比の18GBエンジンとSUツインキャブターで相殺する結果となった1980年式MGB(KH◎S)。               
1980年式MGB(KH◎S)
廃車の予定であった1974年式MGB(KH◎N)から
クロームのグリルとバンパーを流用する夢はまぼろしに・・・
(2009年1月)
MGB
  2台の装備を1台に集中してMGBの新しい魅力を引き出すという選択も可能です。 はたまた工場出荷の仕様範囲内と公道走行が認められる仕様という2つの前提を解除して、2台のうちの1台にサーキット用の専用チューンをほどこすという選択肢も考えられます。 しかし当面は、現状維持。 より高い性能を獲得しても、怖くてその性能を100%発揮させることはできない私にとっては、ネコに小判。 
  年去り年来たる。 1974年式MGB(KH◎N)を入手した1980年8月から数えて29回目の新年。 元町の喫茶店。 2台のMGBは当面このままとい う年頭所信表明に、応える家内の言葉は「それでも1台で充分だと思う。」 うーん。 おおせごもっとも。     



100)東京コンクール・デレガンス 2009 
  立春が過ぎて梅の花が咲き、春一番が吹き荒れた後は氷のように冷たい雨がふり、そしていつもおだやかでやさしい家内がいっそうやさしくなると、春の元町チェーミングセールの季節が到来します。 前夜からの小雨がのこる3月最初の日曜日、助手席に家内を乗せて1974年式MGB(KH◎N)で元町ショッピングストリートに向かいました。 当然のことながら家内の目標は2009年春夏コレクションです。  
春のチャーミングセールの間
元町ショッピングストリートは
歩行者専用です
(2009年3月)
1974年式MGB(KH◎N)は
堀川沿いのパーキングに駐車します
制限時間は60分です
(2009年3月)
家内は衣類を選択中
私はすこし離れて待機中
お目当ては2009年春夏コレクション
(2009年3月)
MGB MGB MGB
  早春の横浜は三寒四温。 冷たい雨が降り天候が回復すると気温は少し上がり、再び寒くなって雨が降り、晴れると以前より少し暖かくなる。 この繰り返しによって徐々に近づく春を感じることができます。 春分の日の横浜は、曇りのち雨(一時強く)そして晴れとめまぐるしく天候が変化しました。 翌日の土曜日は穏やかに晴れあがり、私たちは六本木ヒルズの森タワー52Fにある東京シティビューを訪れました。 3月20日から4月12日まで東京コンクール・デレガンス2009が開催されています。
  私たちにとって六本木ヒルズは、これがはじめての訪問です。 見るものすべてがものめずらしく、「おおぉっ、シネマコンプレックスが併設されている。 実写版のドラゴンボールにヤッターマン・・・。」  
小さくてかわいいと家内に好評だった
1936年式フィアット シアタ 508 ミッレミリア
ブルーのボディカラーにレッドの内装色
(2009年3月)
最高速度100mph超が命名の由来です
1937年式ジャガーSS100
シルバーのボディカラーに内装色はエンジ
(2009年3月)
MGB
MGB
  52Fのコンクール・デレガンス会場。 落ち着いた雰囲気の照明の下に展示されているのはコンクールにエントリーした18台とテーマ展示の2台の合計20台。 雑誌の写真や文章で知ってはいるけれども実車を目にする機会はほとんどないという非常にめずらしく、そしていずれも永く歴史に記録されるべき貴重な自動車です。 さらにテーマ展示車の横には絶妙なコーディネイトのマネキンが配置されています。 素敵なジャケットとスラックスに革靴。 入念に吟味した素材のシンプルで上品なドレス。     

テーマ展示
故吉田茂首相のロールス・ロイス
1937年式
(2009年3月)

テーマ展示
故白洲次郎氏が英国留学中に欧州旅行で使用した
1924年式ベントレー
(2009年3月)
MGB
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会場は52Fの東京シティビュー
(2009年3月)
テーブル上のカクテルはBMWとベントレー
(2009年3月)
「ドラゴンボール」か「ヤッタ−マン」か
迷ったあげく「おくりびと」
(2009年3月)
MGB
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  ベンツがガソリンエンジン3輪乗用車を、そしてダイムラーがガソリンエンジン4輪乗用車をそれぞれ発表したのは1886年です。 有名なT型フォードの製造開始は1908年、新工場での大量生産の開始は1910年でした。 それ以降100年が経過し、自動車は私たちの日常生活の一部に組み込まれるようになりました。       
楽しい時間は過ぎ去り太陽は西に傾き
帰路についた私たちは横浜をめざします
(2009年3月)
MGB
  テーマ展示車両の横にジャケットやドレスを配するという東京コンクール・デレガンスの手法で、仮に私たちとMGBを表現するとしたら、服装やアクセサリーはどのようなコーディネーションになるのだろう。 「なぁに? なにをするつもりなの?」 おっといけない、愚者の思惑、賢者の打算。 春夏追加コレクション。 「いや、なに・・・なんでもない。」       



101)大倉山ドキュメンタリー映画祭 2009 
  桜は横浜でも開花したものの気温は急にさがり「花冷え」となった3月末の週末、大倉山ドキュメンタリー映画祭が開催されました。 フィルムの記憶というサブタイトルで特別上映された2本の作品、「トマトを植えた日」(1992年)と「ドキュメンタリーごっこ」(2000年)を家内と鑑賞しました。 時の流れと人生、そして人の心の動きについて、深く感銘をうけた週末でした。 
1932年に竣工した大倉精神文化研究所本館
私が小学生のときは大倉山図書館
そして現在は大倉山記念館
(2009年3月)
MGB
  「ドキュメンタリーごっこ」は、カメラマンをこころざした中学生(当時15才の少年)が1964年に2年をかけて撮影した8ミリフィルムが素材の作品でした。 ドキュメンタリーのあるべき姿を4人の仲間と一緒に追い求めるあまり、取材対象である養護学級の小学生の少年に、ドキュメンタリーの範疇をこえた脚色を要求してしまう。 さらにお互いに理解していたはずの養護学級の少女の視線に思いもよらない強い拒絶の色を認め、愕然とする。 そして2年間を費やしたにもかかわらずフィルムは完成せず、35年後(50才になって)の2000年にドキュメンタリー映画としての完成をみる。
  何気ない少女の一瞬の視線を強烈な拒絶であると思わせたのは、事実に反する脚色をこころみたとの自責の念だったのでしょうか。 はたまた作者の鋭敏な感受性がフィルムの完成を躊躇させたのしょうか。 35年後の2000年に当時の仲間や養護学級の人たちへの感謝とともに「ドキュメンタリーごっこ」を発表し、さらに2009年に上映後のトークショウで自らの心境を淡々と言葉にする。 これらのすべてが、作者の魅力ある人間性を表現するすばらしいドキュメンタリー作品におもえました。            
クレタやミケーネの建築様式
(2009年3月)
ドキュメンタリー映画祭の看板
(2009年3月)
MGB
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エントランスホールの受付
(2009年3月)
メインホールへ階段でアプローチ
(2009年3月)
MGB
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映画祭会場のスクリーン
(2009年3月)
放映後の監督トークショウ
(2009年3月)
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  「トマトを植えた日」は、映画学校の課題として撮影された3分間の8mmフィルムがきっかけの作品です。 作者がはじめて操る8mmカメラはトマトを植える祖父の姿をとらえ、祖父は作者に戦前に9.5ミリのフィルムを撮影したことがあると語ります。 そのときに探しても見つからなかったフィルムは祖父の死後に見つかりますが、フィルムを映写する機材を入手することはできません。 ところがスクリーン上に映し出された9.5ミリフィルムの1コマが徐々に動き始めます。 そして再現されるのは祖父とその家族の満州での日常生活の映像です。 1コマ1コマを撮影しての動画化であることを上映後の監督トークショウで知りました。 キャッチボール、丘をこえてと題されたピクニックや家族そろっての外出、草原を元気に歩く子供達、蒸気機関車、大連市内の風景。 オーバーラップする音声は、その映像を見ながら思い出話をしている現在の家族の会話。 「そうそう、休みには皆でそろって出かけたもんだ。」という会話に、人の営みは変わらないとあらためて実感しました。
全プログラム終了
(2009年3月)
記念館横の1980年式MGB(KH◎S)
(2009年3月)
MGB
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  過去から現在に、そして未来へと引き継がれる映像と音声、記憶と共感と感動。 2本のドキュメンタリー作品と上映後の監督トークショウの感想を共通の話題にして、私たちは家路をたどりました。         
大倉山の桜は5分咲き
(2009年3月)
公園にはお花見の人たち
(2009年3月)
来週の週末には満開となるでしょう
(2009年3月)
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102)ラ・マシン 2009
  4月初旬の週末に、大岡川の桜並木を見物して元町でショッピングを済ませた私たちは、山下公園へ。 満開の桜と氷川丸の煙突を撮影していると、家内が「大きなクモが2匹いる。」と騒ぎはじめました。 これがラ・マシンというフランスの劇団を知るきっかけとなった瞬間でした。
  桜の枝にクモの巣? いいえ、家内の指差す方向、桜の枝越しに甲殻類の足のような形と色をした機械の部品が見えます。 「水中作業用の港湾産業機械か?」 「ちがうわよ。 クモよ、クモ。 ほら水を吐いた。」 「クモは水は吐かないぜ。」 「信じないなら写真でもとったら?」 「えぇー、写真か? 米軍や自衛隊の秘密兵器だったら逮捕されちゃうぜ。」 「子供ね。」 
フランスのナント市を拠点に活動する劇団ラ・マシン
油圧で作動する大掛かりなメカニズムのパフォーマンス
(2009年4月)
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満開の大岡川沿いの桜並木
(2009年4月)

カヤックで大岡川を下るグループ
(2009年4月)

パワーボートで桜を楽しむグループも
(2009年4月)
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みなとみらい21地区さくら通り
1980年式MGB(KH◎S)
(2009年4月)

「クモが2匹いる」と家内が騒ぎだし
私は港湾作業用の機械と思いましたが・・・
(2009年4月)

他の1体を正面から観察すると
どう見ても「クモ」としか思えません
(2009年4月)
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横浜開港150周年記念「開国博Y150」
Y150はじまりの森
(2009年4月)

Y150トゥモローパーク
ナイトショーのアースバルーン
(2009年4月)

海上防災基地がある新港埠頭に
クレーンに吊るされた「クモ」を発見
(2009年4月)
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  横浜港開港150週年記念イベント「開国博Y150」は4月から9月までの開催。 私たちが4月の初旬に山下埠頭で見たのは、それに参画するためにフランスからやってきた劇団ラ・マシンの作品群だったのです。 「横浜でクモのパフォーマンスがあるってテレビで言ってた。 やっぱりあれはクモだったのよ。」と家内が言うので、4月19日の日曜日はクモ見物。    

後方の40フィートコンテナ上にもう1体
開国博Y150新聞によると2体の「クモ」は・・・
(2009年4月)

みなとみらい21地区から
日本大通り地区に「2匹で散歩」にでかけるとのこと
(2009年4月)
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ボディカラーの色調と腹部の形状の違いが
2体の識別ポイントです
(2009年4月)

胸部上面に3名 下面に9名
トラクターに2名 合計14名の操縦者
(2009年4月)
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交通信号機を優に超す全高
周囲を圧倒します
(2009年4月)

画面左が横浜税関 タワーは通称クイーン
手前は車両の通行規制中のみなと大通り
(2009年4月)
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通行規制中のみなと大通りと見物の人たち
(2009年4月)

巧みな油圧操作で障害物をクリアします
(2009年4月)

見物人は当日50万人 全期間合計62万人
(2009年4月)
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神奈川県庁舎の横をとおり日本大通り地区へ
(2009年4月)
私たちも日本大通りに移動しました
(2009年4月)
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日本大通りにも大勢の見物の人たち
(2009年4月)
ダイナミックで力強い演技
(2009年4月)
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ゆっくりと待機位置に後退します
(2009年4月)
機体の前に整列する操縦者 周囲は拍手喝采
(2009年4月)
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日本大通りから新港ピアに戻る2体
(2009年4月)
イベントはフィナーレを迎えます
(2009年4月)
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1体のクモは横浜に残り
(2009年4月)
もう1体は海上に去るというシナリオ
(2009年4月)
音楽と光と炎と水のすばらしい演出
(2009年4月)
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  赤レンガ倉庫で入手した開港博Y150新聞によれば、シナリオは4部構成です。
  第1部は4月16日(木)「漂着」。 横浜開港時の埠頭(通称「象の鼻」大桟橋の付け根にあり現在は再整備中)に梱包された物体が漂着し、開梱すると1匹のクモが現れます。
  第2部は4月17日(金)「覚醒」。 午前中に陸上げされたクモは、夕刻に音楽で目を覚まします。 赤レンガ倉庫で暴れますが、寒さには弱くて雪や風とともに眠りにつきます。
  第3部は4月18日(土)「調教」。 未明の新港埠頭に2匹目が宙吊り状態で出現。 他方もう1匹は、調教しながら赤レンガ倉庫から新港埠頭へ移動させて、眠りにつかせます。
  第4部は4月19日(日)「散歩」。 新港埠頭で目覚めた2匹がみなとみらい21地区を日本大通りまで散歩。 新港埠頭に戻った後1匹は横浜に残り、もう1匹は海上に姿を消します。
  日本に残った1匹のクモは「開国博Y150」の期間中「Y150はじまりの森」でその姿を見ることができます。 横浜の港と市街を舞台に、しかも横浜開港記念イベントともリンクしているすばらしい企画。 音楽と光と水と炎の見事な融和。
  第4部だけでなく第1部からの全部を鑑賞したいというのが、私たちの感想です。 幕末に日本開国の玄関口として機能した横浜。 多くの異邦人が訪れ、ある者は去り、ある者は残る。 含蓄ある象徴的なシナリオ。 第4部だけでも14時から20時まで合計6時間。 驚きと感動の週末でした。          




103)出会いの森総合公園 2009
  2009年のウッディパーク鹿沼ステージは中止されました。 2005年以降私たちが毎年エントリーしている4月のイベントであり家族も楽しみにしていましたので、開催中止はとても残念です。 私たちが参加した過去4年間のスタートとゴール地点の出会いの森総合公園にはキャンプ場が併設されています。 春の行楽シーズンゆえ無理かも知れないと思ったのですが、幸いテントサイトを予約することができました。
  前夜までの雨がやみ天候が回復した2009年4月下旬の週末のエピソード。 私たちは1974年式MGB(KH◎N)で横浜の自宅を出発しました。 家内は生まれて初めてのオートキャンプ。 私は1973年の夏以来36年ぶり。 目的地は出会いの森総合公園オートキャンプ場です。
西伊豆の宇久須キャンプ場
テント後方は1965年式トヨタスポーツ800
私にとってスポーツカーの原点
(1973年8月)
宇久須から36年後 出会いの森総合公園
すばらしい施設と整ったアウトドア環境
21世紀のアウトドアライフ
(2009年4月)
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ウッディパーク鹿沼ステージのスタートとゴール 出会いの森総合公園
温泉の福祉センター トレーニングセンター スポーツ広場
そしてデイキャンプ場やオートキャンプ場があります
(2009年4月)
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広々としたテントサイト
(2009年4月)


快適なオートキャンプ
(2009年4月)
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とても機能性が高いドームテント
ジッパー式の広い出入口
(2009年4月)


X字状に交差するアルミパイプフレイム
充分な室内高のインナーテント
(2009年4月)


陽は西にかたむき
私たちは夕食の準備を開始します
(2009年4月)
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ピクニック用のリュックサック
フロントポケットには食器とテーブルクロス
両側のポケットはワインボトル用
(2009年4月)

キャンプの夕食の定番はBBQ
私が炭火をおこし家内は食材の下拵え
準備が整ったら調理開始!
(2009年4月)

都会の喧騒をはなれ
澄んだ空気と新緑の木々にかこまれ
時間はゆっくりと過ぎていきます
(2009年4月)
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これほど時間をかけた夕食は久しぶり
食後のお茶を口にしたのは午後8時過ぎ
(2009年4月)


キャンプの朝食の定番
トーストとベーコンエッグ
(2009年4月)


真夏より紫外線量が多いといわれる
5月の直射日光をタープがさえぎります
(2009年4月)
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早朝のテントサイト
前夜の強風はやみ空は穏やかに晴れあがりました
1974年式MGB(KH◎N)のトランクキャリアは物干し竿代わり
(2009年4月)
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  鹿沼市は2008年11月のウッディパーク鹿沼スペシャルステージで訪問しましたが、出会いの森総合公園は1年ぶり。 過去4年間イベントでお世話になった人たちに感謝の気持ちをこめて私たちは入り口のゲートをくぐりました。    



新緑と青空と白い雲
(2009年4月)



遠くの山にはまだ雪が残ります
(2009年4月)
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キャンプ場の白樺越しの青空
(2009年4月)



大芦川の流れ
(2009年4月)


総合公園が起点のハイキングコース
(2009年4月)
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  従来のツーリングとはまったく異なるオートキャンプ。 山から吹き降ろす風のうなりと大芦川に流れる水の音を聞きながら眠りについた家内。 翌朝の感想は「原始時代の人たちは大変だったと思った。」         
満載状態の1974年式MGB(KH◎N)
木炭グリル テーブル 折畳椅子 バーナー ランタン
ランタンスタンド ピクニックリュックサックx2 シュラフザック他
(2009年4月)
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  原始時代と比較すればとても恵まれた環境のオートキャンプ。 36年前と比べてもはるかに進歩した環境と装備。 追い立てられるような生活を忘れるゆっくりとした時間の流れ。 大きな開放感と適度の緊張感、心地よい疲労と睡眠。 併設の福祉センターの温泉でリラックス。 思い出に残る鹿沼市へのツーリングでした。



104)長野ノスタルジックカーフェスティバル 2009
  しばらくの間MGBを貸してほしいとの連絡がはいり1974年式MGB(KH◎N)は、4月末に三弟のもとへ。  そして5月最初の週末、私たちは1980年式MGB(KH◎S)で長野ノスタルジックカーフェスティバルに参加しました。

一時この1974年式MGB(KH◎N)に乗っていた三弟
久方ぶりにMGBの運転席におさまり
嬉しそうに破顔一笑
(2009年4月)

三弟がMGBを運転するのは2005年以来4年ぶり
運転席に三弟 助手席はその長男
西湘バイパス国道134号線にて
(2005年1月)
MGB
MGB


トランクリッドにスキーキャリアを装着
イベント用の荷物とツーリングの衣類を搭載
目的地は長野市のアイススケートリンクMウエーブ
1980年式MGB(KH◎S)
(2009年5月)
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  私たちは2005年以来4年ぶりのイベント参加。 2009年のエントリーは個人参加車両が140台に達し、過去最大規模との説明が主催者からありました。 Mウエーブの入り口では長野発動機遺産保存研究会のメンバーによる発動機の運転パフォーマンスが行われ、さらに木炭ガスを動力源とする薪バス「もくちゃん」が希望者を乗せてMウエーブの周囲を走行するというプログラムもあり、多くの来場者で賑わいました。         


発動機遺産保存研究会のパフォーマンス
(2009年5月)


大町エネルギー博物館の薪バス
(2009年5月)


希望者を乗せてMウエーブを一周します
(2009年5月)
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1961年式トヨペットクラウン
ノスタルジックカー大賞を受賞
(2009年5月)

ダイハツオート三輪
働くくるま大賞を受賞
(2009年5月)
MGB
MGB



展示の準備を終えた1980年式MGB(KH◎S)
展示ブースは29番
(2009年5月)
MGB



Mウエーブで末弟とその家族が合流
末弟は長女を助手席にデモパレードに出発します
(2009年5月)


3年前はMGBに助手席で気持ち良さそうに寝ていた姪
子供の成長にはいつも驚かされます
(2006年4月)
MGB
MGB




藤原とうふ店の86レビン
(2009年5月)



ぼくらのヒーローが運転するトヨタスポーツ800
(2009年5月)
MGB
MGB
  開会式の後、午前10時より2009年長野ノスタルジックカーフェスティバルが始まり、やがて末弟とその家族が到着しました。 末弟の長女は2009年4月から小学1年生です。 MGBの助手席で気持ち良さそうに眠っていた2006年4月と比較すると、その成長にいまさらながらに驚かされます。
  イベント初日の午後、1980年式MGB(KH◎S)を展示した29番ブースのお留守番を末弟とその家族にまかせて、家内と私は善光寺を訪問しました。 2009年は数え年で7年に1度の御開帳の年であり、参道は大勢の参拝の人たちで活気にあふれていました。         


1980年式MGB(KH◎S)のデモパレード
ドライバーは末弟 助手席にはその長女
(2009年5月)


29番ブースのお留守番を末弟とその家族にまかせて
私たちは善光寺に向かいました
(2009年5月)
MGB
MGB



数え年で7年ごとの御開帳
(2009年5月)


参道には大勢の参拝の人たち
(2009年5月)


山菜直売所で家内は「ふきのとう」を入手
(2009年5月)
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2005年以降に参加したイベントのゼッケンも展示
末弟や私たち思い出のアイテムです
(2009年5月)


12気筒エンジンを間近に見る絶好のチャンス
末弟も私もしばし無言
(2009年5月)
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三菱ジープ
(2009年5月)



ラビットスクーター
(2009年5月)



スバルサンバーと三菱ミニカピックアップ
(2009年5月)
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  イベント2日目は、私と家内が午前10時から閉会まで29番ブースに。 長野オリンピックのスケート競技が行われたMウエーブで開催される長野ノスタルジックカーフェスティバルは、多くの個人参加車両が集まる魅力あるイベントです。 1気筒エンジンを搭載した2輪車から12気筒エンジンのスポーツカーまで。 セダンやワゴンや商用車、4輪駆動車や救急車。 国産車に輸入車。
  「皆さんのおかげさまで50年ちかく、この車が新車だったときから今まで現役で乗り続けることができました。 そしてこの催しに参加することができ、思いもしなかった賞をいただきました。 今後も物を粗末にしないことの大切さを、できるかぎり沢山の人たちに理解してもらうことができるのであれば、私は嬉しいです。」という趣旨のスピーチ。 1961年式トヨペットクラウンでエントリーし大賞を受賞したオーナーの表彰式での挨拶です。 謙虚で含蓄ある言葉に、私たちはこころから拍手をおくりました。
  表彰式の後に末弟とその家族は帰路につき、私と家内はイベント終了後に長野駅前で夕食と休憩をすませて横浜を目指しました。 5月の連休の渋滞を避けながらルートを選び、末弟は午後9時過ぎ、私たちは午前1時過ぎに無事それぞれの自宅に戻りました。           



105)国立博物館 国立科学博物館 2009
  未明から雨が降りはじめた5月中旬の週末、私たちは1974年式MGB(KH◎N)で上野の国立博物館と国立科学博物館を訪れました。
国立博物館 本館
(2009年5月)
国立科学博物館 日本館
(2009年5月)
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上野に到着して暫くすると雨はあがり
私たちは阿修羅展の開場を待ちました
国立博物館正門前の1974年式MGB(KH◎N)
(2009年5月)
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  1974年式MGB(KH◎N)は上野公園の駐車場へ、私たちは国立博物館へ。 家内が見てみたいと希望している興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」が、国立博物館の平成館で6月7日まで開催されています。      
平成館で開催されている「国宝 阿修羅展」
(2009年5月)
阿修羅像を見学した後は本館に移動
(2009年5月)
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ガラスケース内の土偶を見る家内
(2009年5月)
小学校の教科書で見た火焔装飾土器
(2009年5月)
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黒葦威胴丸具足
(2009年5月)
十二神将立像
(2009年5月)
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  小学校の教科書でその写真を見たことがありますが、家内も私も阿修羅像の実物は生まれてはじめて。 ガラスケースで覆わないそのままの状態での展示です。
  阿修羅像を見た後は、国立博物館の本館で土偶や土器、鎧兜や彫刻を、さらに私の希望で科学博物館に移動して、考古学から生物・物理・化学、天文学さらには宇宙・電子・バイオ工学と広範囲におよぶ展示を見学しました。       


三葉虫
(2009年5月)


アンモナイト
(2009年5月)
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ティラノザウルス
(2009年5月)
マンモスとマストドン
(2009年5月)
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零式艦上戦闘機21型改造複座機
(2009年5月)
1925年式オートモ号
(2009年5月)
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  国立博物館では、縄文や弥生時代まで遡る数々の展示品。 実用性を追求した結果から生み出されるさりげない意匠美や精緻な装飾をほどこした華やかな工芸の極致とも言うべき様式美に、私も家内も日本文化の伝統と美意識の変遷をあらためてかみしめました。 国立科学博物館では日本館と地球館の各フロアを歩きまわり、まるで科学少年になったような楽しい時間を私は過ごしました。    



106)CGクラブスプリングミート 2009
  関東地方は梅雨入りした6月中旬の週末、伊豆サイクルスポーツセンターでCGスプリングミート2009が開催されました。
伊豆サイクルスポーツセンター
5キロサーキットのメインスタンド
(2009年6月)
参加車両のパーキング
メインスタンド前のストレート
(2009年6月)
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  主催はCGクラブ。 カーグラフィックやナビの愛読者が中心となり、同好の士が自慢のモーターバイクや自動車で参加するイベントです。 2009年は「ライトウエイトでいこう!」というテーマで6月13日(土)と14日(日)に開催。
  私たちが参加した土曜日は数多くのモーターバイクが集まりました。 「二輪の日」とのことで開会直後のパレードランでは最初にモーターバイクが5キロサーキットを3周。 最終の左コーナーからメインスタンド前のストレートにかけては下り坂。 車体を左に傾けて最終コーナーをクリアした後は、フルスロットルでストレートを通過します。        
会場に到着した1980年式MGB(KH◎S)
スプリングミート2009のタイトルにCGやNAVIのロゴ
プロのカメラマンの撮影
助手席に家内 おもいがけない記念の一葉です
(2009年6月)
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世界中に影響を与えた小型車の代名詞
1928年式オースチンセブン
(2009年6月)


トライアンフスピットファイア
エンジンカウルにイギリス空軍の国籍マーク
(2009年6月)


ブリストル406(前)
アルピーヌルノー(後)
(2009年6月)
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BMWイセッタ
オープントップには日よけのよしず
(2009年6月)


オリーブドラブの軍用車両
M151A1
(2009年6月)


点検と最終調整
パレード走行直前のモーターバイク
(2009年6月)
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  乾いたエキゾーストノートを響かせて自慢のバイクで疾走するライダーを見ていると私もサーキットを走行したくなり、特別展示車両や「ドキドキYナビ体験」参加車両がサーキットを周回する様子を眺めながら、その思いは徐々に強まります。
  やがて閉会。 参加者は5キロサーキットを1周して帰路につくといううれしい企画が、私たちに提供されました。 1996年のパチューカ以来13年ぶりのサーキット走行でした。        

レース仕様のモーターバイク
暖機を完了してスタートラインへ
5キロサーキットを3周
(2009年6月)

オイルの焼ける甘い匂い
走り去るレース仕様バイクの大きな排気音に
おもわず耳をふさぐ家内
(2009年6月)
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メインスタンド前にならんだ同乗試乗車両
毎回参加者に好評の「ドキドキYナビ体験」
(2009年6月)


希望者を助手席に乗せて
5キロサーキットを周回します
(2005年6月)
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イベント終了後はサーキットを1周して
帰路につくといううれしい企画
(2009年6月)


メインスタンドの遠景
1周5キロの2輪車用サーキット
(2009年6月)
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伊豆スカイライン
(2009年6月)



夕食は更科そば
(2009年6月)
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シーボルト?
知ってるよ 電気の人でしょ
(2009年6月)


ちがう!
それはボルタだ
(2009年6月)
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2人ともシーボルトを知っていますが
人生は誤解と錯覚と幻影に満ちていると
教えてくれたアジサイ
27年間かけてもわからなかったのに・・・
(2009年6月)
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  関東地方はすでに梅雨入りしたものの、幸い好天に恵まれた週末でした。 季節がら箱根も伊豆もアジサイが開花していました。 「江戸時代に日本に住んでいたシーボルトの名前は知っているだろ、アジサイの日本固有種をヨーロッパに紹介したと言われている。」 「シーボルト? うん、知ってるよ。 電気の人でしょ。」 ちがう! それはボルタだ。
  話題は途絶。 しかし相互の理解は27年間の時間をこえて一歩前進。 人生はおどろきに満ち満ちています。 古人いわく「日々これあらたなり。」   



107)木曽路 2009
  7月中旬の週末、家内と一緒に1974年式MGB(KH◎N)で木曾の妻籠と馬籠を訪問しました。 両方とも旧中山道69次、木曾11宿のうちの宿場町であり、妻籠宿は江戸から数えて42番目、馬籠宿は43番目の宿場でした。
中山道42番目の宿場
妻籠宿
(2009年7月)
中山道43番目の宿場
馬籠宿
(2009年7月)
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1974年式MGB(KH◎N)
妻籠と馬籠を馬籠峠でつなぐ県道7号線にて撮影
2006年に1980年式MGB(KH◎S)から外した
ベージュの幌をヨットセイル補修用のテープで手直しました
(2009年7月)
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  沖縄地方の梅雨は明けたと気象庁が発表した7月11日、木曾地方の天候も前日までの雨や霧が回復し青空が戻りました。 久方ぶりの青空と太陽。 帰路は、家内の希望どおり八ヶ岳の山麓にある清泉寮のアイスクリーム。 そして河口湖ハーブフェスティバルのラベンダー(なんと7月12日が最終日)を見て、横浜の自宅に戻りました。        


妻籠宿の上手(京都寄り)にある発電所
木曽川に注ぐ蘭川の水力を利用しています
(2009年7月)


坂を登りきったところに高札所
下手(江戸寄り)にあります
(2009年7月)
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徒歩の旅を象徴する狭い道幅
(2009年7月)



夏の訪れを示す路傍の花
(2009年7月)
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妻籠宿の履物屋さん
(2009年7月)



旅籠や木賃宿も復元されています
(2009年7月)
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坂道が印象的な馬籠宿
(2009年7月)



木曾五木を暖簾に掲げたお土産物屋さん
(2009年7月)
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大黒屋茶房で休憩
(2009年7月)



深い緑の木曾谷
(2009年7月)
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馬籠茶屋と水車
(2009年7月)



馬籠宿の郵便局
(2009年7月)
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  日々の生活を営みながら修繕と手入れを繰り返し江戸時代の雰囲気を今に伝える妻籠宿と馬籠宿。 1938年に米国の宣教師により建設された清泉寮。 そして河口湖では初夏の訪れを象徴するラベンダー。 何の脈略もないまま木曾・甲信越の5県を走り抜けた1100kmのツーリングでした。 家内の感想は「面白かったけど、テーマがばらばら。」  

ソフトクリームおいしい
ソフトクリームおいしい
清泉寮だーい好きby家内
(2009年7月)

ジッパー式の透明ビニールのリヤウインドウ
開放すると走行中の通気性は抜群
飛騨・甲信越のツーリングはクーラー不要
(2009年7月)
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第18回ハーブフェスティバルの会場
河口湖の八木崎公園のラベンダー
ハーブフェスティバルの最終日は7月12日
(2009年7月)

ラベンダーきれい
ラベンダーきれい
八木崎公園だーい好きby家内
(2009年7月)
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走行中に三角窓とドアウインドウから取り込んだ風は
ジッパーで開放可能なリアウインドウで後方へ流れ去ります
太陽熱を吸収するブラックの幌と比べると
ベージュの幌は夏はとても快適です
3シーズン振りのカムバックはヨット用のセイル補修テープのおかげです
(2009年7月)
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108)盛夏 2009
  8月。 例年であれば暑い日が続きますが、2009年の横浜の8月は比較的すごしやすい毎日が続いています。 日中に最高気温が30℃を超すことはあるものの、朝晩は涼しくてしのぎやすい8月中旬です。 
ブルーのイルミネーション
6月に整備が完了した象の鼻パーク
大桟橋に接岸しているのは飛鳥II
(2009年8月)
8月初旬は傘燈・ねぶたクルーズ
8月中旬は日本夏祭りクルーズ
この夜は横浜港の花火大会でした
(2009年8月)
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花火
山下公園
(2009年8月)
左はコスモワールドの観覧車
右は大桟橋埠頭ビル
(2009年8月)
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強い陽射しと青い空
山頂に雪がない夏の富士山
(2009年8月)
道志や山中湖は涼しくて快適
1980年式MGB(KH◎S)
(2009年8月)
MGB
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  8月1日(土)は横浜港の花火大会、そして8月8日(土)は赤レンガ倉庫ふんすいビーチのオープニング+「THE ALFEE」の赤レンガ倉庫でのサマーコンサート初日。 対岸の象の鼻パークでもコンサートの熱気が感じられるものの、夕刻の大桟橋や山下公園は海からの風をうけて納涼には最適でした。 この程度の気温であれば行動様式を夜型にシフトしなくても、今年は大丈夫かもしれない。 そう考えて翌週の週末に1980年式MGB(KH◎S)で、宮ヶ瀬から道志をとおって山中湖へツーリング。 夏特有の青空と太陽の下、往路はとても快適でした。
  しかし帰り道の厚木−横浜、時間は15時から16時。 渋滞に遭遇してMGBのエンジン冷却液温度はオーバーヒート寸前、併用したヒーターの熱気で家内と私は完全にオーバーヒート。      
山中湖ツーリングの教訓を謙虚にうけとめて
日中は空調の整った映画館に退避
(2009年8月)
午前中はウォルト・ディズニーの「ボルト」
3Dゴーグルを使っての映画鑑賞です
(2009年8月)
MGB
MGB

午後は「ハリーポッターと謎のプリンス」
昼食をはさんで映画2本はひさしぶり
(2009年8月)
日中は映画館のパーキング
1日にして夜行性に戻った1980年式MGB(KH◎S)
(2009年8月)
MGB
MGB
  日中にMGBでの外出は避けるべきね、という山中湖ツーリングの教訓を謙虚にうけとめて1980年式MGB(KH◎S)の行動様式を即刻夜行性に戻してしまいました。 2009年の盛夏。 「朝夕は涼しいから日中も大丈夫」と安易に判断すべきではないというエピソードです。       



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インデックス

はじめに

第1部 MGBを入手するまで(〜1980年8月)

第2部 MGBとの生活(1980年9月〜1989年9月)

第3部 2台のMGB メキシコへ(1989年10月〜1998年9月)

第4部 日本へ それから台湾(1998年10月〜2004年12月)

第5部 ふたたび日本で そして25周年(2005年1月〜2005年8月)

第6部 新しい日々 今度は豊橋(2005年9月〜2005年12月)

第7部 めざせ26周年(2006年1月〜2006年8月)

第8部 2台あれば4人乗れます(2006年9月〜2006年12月)

第9部 みんなといっしょに横浜で(2007年1月〜2007年8月)

第10部 平穏な毎日(2007年9月〜2007年12月)

第11部 社会にでる子供たち(2008年1月〜2008年8月)

第12部 2人でふたたび(2008年9月〜2008年12月)

第13部 2台でふたたび(2009年1月〜2009年8月)

第14部 家族と2台(2009年9月〜2010年8月)

第15部 31年目のMGB(2010年9月〜2010年12月)

第16部 ドライバーの軽量化(2011年1月〜2011年8月)