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(2011年9月〜2012年8月) |
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143)出会いの森総合公園 2011 |
出会いの森総合公園 1980年式MGB(KH◎S)と次男のCRZ (2011年9月) |
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キャンプ装備はスキーキャリアに搭載 (2011年9月) |
キャンプサイトにテントとヘキサゴンタープを設営します (2011年9月) |
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朝夕はすっかり涼しくなりました (2011年9月) |
ランタンスタンドに赤トンボ (2011年9月) |
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遊歩道のコスモス (2011年9月) |
大芦川の岸辺に彼岸花 (2011年9月) |
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次男がバーナーで炭をおこします (2011年9月) |
牛肉から調理スタート (2011年9月) |
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野菜を追加 (2011年9月) |
長幼の序にしたがい最初の一皿を父に・・・ (2011年9月) |
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おだやかな風にのって雲がながれます (2011年9月) |
紅茶とコーヒーで食後のひととき (2011年9月) |
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野鳥のさえずりとともに目が覚めます (2011年9月) |
時間はとてもゆっくりと経過します (2011年9月) |
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あわただしい日常から開放されるキャンプ食 (2011年9月) |
朝食後の紅茶とコーヒー (2011年9月) |
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午後は各自が自由行動 (2011年9月) |
取り付け穴のサイズが合わない新品のプーリー (2011年9月) |
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ドライバーと耐水サンドペーパーで調整を開始 (2011年9月) |
プーリーを装着して予備のオルタネーターが完成 (2011年9月) |
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家内と一緒に荒井川を渡り午後の散歩 (2011年9月) |
荒井川は出会いの森総合公園で大芦川に合流します (2011年9月) |
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大芦川の水音 秋の虫の鳴き声 リラックスする就寝前のひととき (2011年9月) |
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144)ゼッケン サークル 2011 |
(2011年10月) |
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| 10月初旬、週末ショッピングから戻った私たちは1974年式MGB(KH◎N)のゼッケンサークルの亀裂に気がつきました。 2006年に市販のカットングシートを円形に切り抜いて左右のドアとエンジンフードに貼り付けただけのゼッケンサークル。 これによってゼッケンをはがす際のペイントの剥離を防いできました。 「5年間よくもったほうだと思うよ。」と言いながら亀裂の端を指先でつまんで軽くひねるとカッティングシートと一緒にペイントまで剥離してしまいました。 「あぁーあっ。 もうボロボロ・・・。」と家内はあきれ顔です。 |
スクレイパーでペイントを削り落とします (2011年10月) |
円形に切り抜いた同サイズのカッティングシート (2011年10月) |
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| カッティングシートを円形に切り抜いた同色同サイズのゼッケンサークルを準備して翌週末の早朝に作業を開始しました。 エンジンフードのゼッケンサークルを取り除き、スクレイパーを使ってゼッケンサークル貼り付け面のペイントを除去します。 全面のペイントを削り落としたところで家内が様子を見にきました。 掃除と洗濯を済ませて週末ショッピングの準備ができたことを意味します。 私の作業は中断。 「部分的にペイントが残っているとカッティングシートの表面に凹凸がでてしまうんだ。」 だからペイントを削り落としたと家内に説明する私。 「このままでもいいんじゃないの。」と家内。 ペイントを除去した跡は金属光沢に濃淡が残り、金屏風に描かれる雲と月のような風情があります。 そうかなぁ。 でもこのままじゃなぁ・・・。 |
部分的に濃淡の陰影が残ります 前景にススキを配すると秋の雲と月 (2011年10月) |
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| 10月中旬の週末の2日間、元町クラフトマンシップ・ストリートでフードフェアが開催されます。 レストランが店頭にキッチンを設営し、通りを歩行者に開放して自慢の料理を提供するイベントで、家内は毎年楽しみにしています。 |
フードフェアの会場 (2011年10月) |
自慢の料理を提供します (2011年10月) |
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午後6時を過ぎると車両の通行が許されます 元町ショッピングストリートのパーキングメーター (2011年10月) |
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人生は食べ物だ! (2011年10月) |
みんなで奏でる音楽のようなもの (2011年10月) |
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| カッティングシートを貼る作業を私は延期し、長男と次男の夕食の準備を家内は済ませ、私たちは元町クラフトマンシップ・ストリートに向かいました。 10月15日の横浜の日の入りは午後5時、月の出は午後6時45分、そしてフードフェアは午後6時15分から。 日没後の気温は充分に涼しく、家内に言わせるとプラスマイナスゼロ。 変わった表現ゆえ尋ねたところ、暑くもなく寒くもなく食べ物とそぞろ歩き楽しむには最適の気候であることを意味する表現として思いついたそうです。 風変りな表現の例をもうひとつ。 「人生は食べ物だ!」 J−パスタで順番を待っている際に家内が唐突に発した言葉です。 私にとっての人生はみんなで奏でる音楽ようなものだと言うと「人生はMGBだ! でしょ?」と反論されました。 私たちの言語回路と思考回路が短絡する頻度は最近急激に高まっています。 そうだったのか。 人生はMGBなのだ。 |
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145)ヴェトロモンターニャ 2011 |
(2011年11月) |
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エントリーのゼッケンは59 (2011年11月) |
ゼッケンは60の予定でしたが・・・ (2011年11月) |
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| 第1回のヴェトロモンターニャは1992年に開催されました。 母と私が初めて参加した2005年は第14回でした。 それ以来11月の高野山訪問は恒例の行事です。 残念ながら今年は長男と次男が同行することができず父や家内と横浜の自宅で留守番です。 1974年式MGB(KH◎N)は三弟と末弟。 ステッカーをKH◎Aに変更した1980年式MGB(KH◎A)は母と私。 2台のMGBで家族4名の参加を申請しました。 |
エンジントラブルで自走不可能 (2011年11月) |
JAFにローダーのロードサービスを依頼しました (2011年11月) |
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ホテル日航にチェックインすることができました (2011年11月) |
金剛峯寺第2駐車場にむけてホテルを出発します (2011年11月) |
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金剛峯寺第2駐車場に到着するエントラント (2011年11月) |
イベントへのエントリーが承認されます (2011年11月) |
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| ヴェトロモンターニャ2011の前泊地と後泊地は、長男や次男が合流する可能性を考慮してホテル日航関西空港を予約しました。 残念ながら都合をつけることができず長男と次男は横浜にとどまりました。 「みんなで来ることができればよかったのに・・・。」と言いながら自宅を出発し1980年式MGB(KH◎A)のエンジントラブルの後は「事故を誘発することがなくてよかった・・・。」を言いながら11月5日の午前中に高野山に到着しました。 |
1974年式MGB(KH◎N) (2011年11月) |
無情の雨をMGパラソルでさえぎります (2011年11月) |
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開催第20回を示すステッカー (2011年11月) |
正午を過ぎたところで雨が降りはじめました (2011年11月) |
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夜間は本降りの予報です (2011年11月) |
ビニールシートで雨天対策 ロータス23B (2011年11月) |
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| 車両検査に合格してはじめてエントリーが承認され、エントラントはゼッケンやエントラントカードを受け取ります。 エンジン故障で1980年式MGB(KH◎A)の参加を辞退する旨のメモをそえて、私は必要書類を大会事務局に提出しました。 三弟に運転を交代した名阪国道の針テラスから阪和道の岸和田SAまで走行に異常はありませんでした。 岸和田SAでガソリンを補給、その後徐々に三弟はペースダウン、オイル切れにより路肩に緊急停車。 場所は岸和田SAから約5kmの貝塚ICの直前。 事故が発生しなかったことは不幸中の幸いです。 |
ヴェトロモンターニャ懇親会の会場 三宝院 (2011年11月) |
左手は私たちが宿泊する宿坊 成福院 (2011年11月) |
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ラリー仕様のランサーGSRとブルーバードSSS (2011年11月) |
ワークスカラ―に仕上げたブルーバードSSS (2011年11月) |
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祖父母と伯父の供養をお願いする宝亀院 (2011年11月) |
午後5時30分より三宝院で懇親会が開催されます (2011年11月) |
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| 「大会規約にしたがいエントリーは許可しませんが、よろしければ59号車の随伴車扱いでイベントへの参加を認めます。」という大会事務局のありがたい配慮。 「随伴車ですので車両展示も車両紹介もいたしません。 出発もすべてのエントリー車両がゼッケン順にスタートした後ですよ。」 私たちに異存があるはずはありません。 59号車と60号車を代表して「運転手」の私と末弟は事務局の回答にこころから感謝しました。 「どうもありがとうございます。 よろしくお願いします。」 |
ゼッケン01号車のスタートは午前8時30分 (2011年11月) |
幸い雨は明け方から徐々に弱まっています (2011年11月) |
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濡れた路面と落ち葉に注意 (2011年11月) |
ドライバーは夏木陽介さん (2011年11月) |
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1933年式J2ミジェット (2011年11月) |
1936年式BMW326 (2011年11月) |
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| こうして母と私は1974年式MGB(KH◎N)の随伴車という扱いでヴェトロモンターニャ2011に参加しました。 ヴェトロモンターニャの魅力は、ほのぼのとしたぬくもりにあります。 具体例はひのきのエントラントカードです。 ドライバーは「運転手」コドライバー/ナビゲーターは「助手」、参加者の写真とローマ字表記の氏名、参加車両のゼッケン番号。 事務局による手作業との説明を受けました。 霧の高野龍神ラインを走行中、何気なく胸元のエントラントカードに手を添えた私は、やさしい木のあたたかさを感じました。 |
1974年式MGB(KH◎N) (2011年11月) |
助手は三弟 (2011年11月) |
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紀州材(ひのき)のエントラントカード (2011年11月) |
2011年10月20日に全線開通 (2011年11月) |
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高野龍神ラインを走行するエントリー車両 (2011年11月) |
田辺市龍神行政局(旧龍神村役場) (2011年11月) |
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| 9月初旬の台風は和歌山県、奈良県、三重県に大きな被害を与えました。 高野龍神スカイラインは通行止め。 龍神村はいたるところで交通網が寸断。 熊野本宮大社と周辺の熊野川の氾濫は明治22年の水害に匹敵。 民家や商店の多くが軒下まで、そして郵便局もガソリンススタンドも、町中が冠水したにもかかわらず、水没した大斎原の参道と旧社地を覆った十数センチの泥土は取り除かれ、国道沿いの町並みは昨年と同様のたたずまい。 復興を願い熊野本宮大社に玉串を奉納。 「元気桜」2株を植樹。 復興の願いこめてヴェトロモンターニャの熊野本宮訪問を歓迎しますという言葉に、私はとても深い感銘を受けました。 |
天候は回復しつつあります (2011年11月) |
車両点検と「豚汁」と小休止 (2011年11月) |
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第2チェックポイントの熊野本宮へ (2011年11月) |
これより奥は社務所の許可がない限り撮影禁止 (2011年11月) |
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旧社地を再スタート 参道の泥土は除去されています (2011年11月) |
熊野川の氾濫や土砂崩れで寸断した国道311号線も開通 (2011年11月) |
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| 初参加した2005年以降、ヴェトロモンターニャは私を魅了してきました。 ボランティアの事務局による運営、手造りのスタートゲート、参加要領やコース図、季節をとらえての葉書、毎回恒例の「豚汁」と「鮎の塩焼き」に常喜院の昼食。 華美を競うことなく燻した銀に似た輝きを放つヴェトロモンターニャ。 2011年は地震や台風で多くの災害が発生しました。 開催するか否か検討を重ねた結果11月5日(土)6日(日)の日程で第20回ヴェトロモンターニャを開催しますという葉書を受け取ったとき、エントリーを申請すべきか否か私は迷いました。 |
快適に走行することができます (2011年11月) |
オフィシャルの指示に従って駐車場へ (2011年11月) |
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「古道歩きの里 ちかつゆ」です (2011年11月) |
響き渡る「なかへち清姫太鼓」 (2011年11月) |
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わずかに点火時期が進みすぎている様子 (2011年11月) |
テープと段ボール紙で応急対処 (2011年11月) |
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| 三弟と末弟の1974年式MGB(KH◎N)ゼッケン59の随伴車として高野、龍神、熊野を並走し、参加車両に手を振る沿道の人たちの笑顔や「古道歩きの里 ちかつゆ」で次々とゴールする参加車両を見る子供たちの歓声にレンタカーの運転席から接した私は、ヴェトロモンターニャ2011に参加することができて本当によかったと思いました。 |
59号車は「家族ほのぼの賞」 (2011年11月) |
母が受賞した「会いたかった賞」 (2011年11月) |
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和歌山のMGBオーナー (2011年11月) |
再会を約して帰路につきます (2011年11月) |
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ホテル日航関西空港正面エントランスの1980年式MGB(KH◎A) (2011年11月) |
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閉会式が終わり参加者が帰路につきはじめたとき、私は1974年式MGB(KH◎N)の前で和歌山県のMGBオーナーに再会しました。 「横浜ナンバーのMGBがとまっているので、すぐわかりましたよ。 仕事を終えてから出発し10分まえにここにつきました。」 このMGBオーナーに最初にお会いしたのは2006年10月岐阜のイベント「コルモラーニ2006」。 そして2008年の「コルモラーニ2008」が2回目。 3回目は「コルモラーニ2009」のはずでしたが2009年はイベントが中止。 がっかりしましたがヴェトロモンターニャ2009の高野山会場で再会。 そしてヴェトロモンタニャ2011のゴールで4回目の再会。 「お久しぶりです。 お元気そうでなによりです・・・。」 私は和歌山のMGBオーナーに走りより、私たちは握手を交わしました。 人生はMGBではないぞ。 MGBが人生なのだ。 しかし私の家内とって、人生は食べ物です。 トホホホホ・・・。 |
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146)2台にすべきか1台にすべきか 2011 |
フロントグリルの半分をガムテープで覆い ヴェトロモンターニャの会場でオーバークールの応急対策を施した 1974年式MGB(KH◎N) 横浜に戻りガソリンを給油し点火時期を調整した後も 水温計の指針が安定しません (2011年11月) |
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時速40kmで時折オーバークール (2011年11月) |
フロントグリル全体をガムテープで覆いました (2011年11月) |
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| ヴェトロモンターニャ2011から横浜に帰った翌週の週末、元町ショッピングストリートは12月のクリスマスにあわせて赤と緑と白を基調とする華やかな飾り付け。 私たちは元町の喫茶店で小休止。 白のMGBエンジントラブルの様子を話す私に、還暦の記念に赤いMGBを加えてレッド、グリーン、ホワイト3台のMGBがそろうことを極度に恐れている家内は、慈愛に満ちた聖母のような微笑みをなげかけます。 |
赤と緑と白が基調のクリスマスの飾り付け (2011年11月) |
おなじみのTDミジェット (2011年11月) |
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ノルマンディ上陸作戦時の航空機味方識別塗装 (2011年11月) |
白いMGBが横浜に帰ったときに閉幕します (2011年11月) |
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| 「でもね白いMGBの状態は詳しく見ていないんだ。 どうするかは詳しく点検してから相談して決めよう。」と私。 元町ショッピングストリートのパーキングメーターのグリッドに駐車中の1974年式MGB(KH◎N)を見て家内は言いました。 「なにこれ? こんなの貼ってはずかしい。」 オーバークール対策のガムテープだよ。 白と黒の帯は通称インベイジョンストライプ。 上陸作戦の時の航空機味方識別塗装で、別名Dデイストライプとも言うんだ。 「それに高野山のゼッケンも。 まだ剥がしていなかったの?」 そう、まだ剥がさない。 僕たちのヴェトロモンターニャ2011は1980年式MGB(KH◎A)が横浜に帰ってきてから閉幕するのだから。 でも家をでるときから貼ってあったよ。 気がつかなかったの? |
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147)点火時期調整 2011 |
エンジン冷却液温度は安定しオーバークールは解消しました 基部のペイントは2010年12月のリーフガレージの合いマーク (2011年11月) |
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3回目の進角セッティング調整は天理SA (2011年11月) |
再調整後の進角セッティングです (2011年11月) |
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ヴェトロモンターニャ2011で熊野から中辺路に走行中にオーバークール。 フロントグリルをガムテープ、ラジエターは段ボール紙で覆いオーバークール対策。 帰路の阪和自動車道で突然のノッキング。 西名阪自動車道の非常駐車帯で点火時期調整を2回。 天理SAで油圧と水温の確認と3回目の点火時期調整。 西名阪自動車道、名阪国道、東名阪自動車道、伊勢湾岸自動車道、そして東名高速を走破した後の浜名湖SAで、末弟と私はこんな会話を交わしました。 「もう大丈夫。 でもMGBがこれほど繊細だったとは知らなかった。」 「うーん、原因はディストリビューターの経年変化か、気圧か、気温か、ガソリンか・・・。」 |
その後は実際に走行して微調整 (2011年11月) |
フロントグリルのガムテープを半分除去してテストドライブ (2011年11月) |
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「さっき給油したのはハイオク? レギュラー?。」 ホテル日航関西空港をチェックアウトし阪和自動車道を巡航中に末弟が尋ねました。 登り坂でノッキング。 やがてアクセルを操作しなくてもノッキングが発生。 「このままだとエンジンブローか。」と末弟。 「松原から天理まではほぼ平坦路だけれどもその先は上り坂だよ。」と私。 西名阪自動車道の非常駐車帯で末弟が1回目の点火時期調整。 2回目は「点火時期が早すぎるとオーバークール、遅すぎるとオーバーヒート。」と言いながら私が調整。 「遅すぎるね。 吹け上がりが最悪。 今度はオーバーヒートだ。」と末弟。 天理SAに入ったときは完全にオーバーヒート。 LLCがリザーバータンクからオーバーフロー。 非常駐車帯とは異なり事故を誘発する心配のない天理SA。 「ランオンしたけど再始動は可能だよ。」 末弟が慎重に点火時期を再調整。 「油圧も水温も大丈夫みたいだ。」 3回目の点火時期調整と各部の点検をすませた私たちは天理SAを出発しました。 「この先の上り坂を登ることができたら針テラスで休憩だ。」 |
ノッキングは発生せず水温計の指針も安定しています (2011年11月) |
もうすぐ通行が規制される山下公園通り (2011年11月) |
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水温計の指針が安定したのでテストドライブを終了 (2011年11月) |
報道では千葉の鴨川や神奈川の辻堂で夏日を観測 (2011年11月) |
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万国橋でテストドライブは終了 そして汽車道30分コースでウオーキング (2011年11月) |
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末弟の3回目の調整は功を奏し、その後の走行は順調でした。 私たちは東名高速道路へ、そして浜名湖SAで小休止。 「2010年12月にリーフガレージがフルトラ化したディストリビューターが原因とは思えない。 気圧か、気温か、ガソリンか。 古いから関東地方限定になったのかな。 足柄のガソリン以外はだめなんです仕様のような・・・。」 「あはははっ、まさかねっ。 でも来年はガソリンを携行缶で持ってくるべきかな。 それともインプレッサをサポートカーにするべきかもね。」と末弟。 冗談を言いながら小休止を終えた私は驚きました。 1974年式MGB(KH◎N)の隣に駐車しているブルーのインプレッサWRX STI。 「しかも丸目!」 末弟のインプレッサと同一仕様です。 「違うよ。 このフロントスポイラーは後期型だよ。」と末弟が説明します。 ゆめか、うつつか、まぼろしか、はたまた予知夢か、デジャブーか。 「僕たちは未来を見ているのか?」 浜名湖SAで運転を交代。 合流レーンを使って私は4速3000rpmに加速し本線に合流しました。 「さすがオーナー。 ここ一番のアクセルワークに迷いがない。」と末弟。 「こうなると5速目のオーバードライブがほしいでしょ。」 そう。 白のMGBならばここでODスイッチON。 2500rpmで巡航だ。 |
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148)オイルシール 1980年式MGB(KH◎A) 2011 |
エンジントラブルで自走不可能 (2011年11月) |
車両輸送サービスで横浜に帰還 (2011年12月) |
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ブローバイガス循環ホースの切損 (2011年12月) |
気がつきませんでした・・・ (2011年12月) |
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エンジンオイル補充してスパークプラグを外します (2011年11月) |
エンジンオイルをタイヤの回転で循環させます (2011年11月) |
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| 「ブローバイホースが切損している。」 12月4日(土)自宅で1980年式MGB(KH◎A)のエンジンルームを一瞥した私は天を仰ぎ地に伏して嘆息しました。 「これがオイルリークの原因。」 気づきさえすればラバーホースの切損は5分以内で応急処理が可能です。 東名高速の浜名湖SAで朝食休憩時、ブローバイホースもオイルレベルも正常でした。 しかし阪和国道の針テラス、点検結果の記憶は完全に欠落しています。 楽しみにしているヴェトロモンターニャ2011で気もそぞろ、心ここにあらざれば視れども見えず聴けども聞こえず・・・、その結果は自走不可能の1980年式MGB(KH◎A)。 |
異音や異常振動がないのでベアリングは・・・たぶんOK (2011年12月) |
こうして私たちのヴェトロモンターニャ2011は閉幕 (2011年12月) |
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2012年を待たずして1974年式MGB(KH◎N)より先に1980年式MGB(KH◎A)がダウン、18GBエンジンのトラブルはブローバイホースが原因。 トホホホホ・・・来年はMGB50周年(MGBの販売開始は1962年)なのに。 「そうは言っても老少不定はこの世のならいなのだ。」と私は気をとりなおしてエンジン再始動の準備を開始しました。 ブローバイガスの循環ホースを補修してエンジンオイルと規定レベルに補充。 4本のスパークプラグを外して牽引の準備。 トップギアにシフトした1980年式MGB(KH◎A)を牽引して自宅前の道路を徐行で1往復。 タイヤの回転を利用してエンジンオイルを循環させてから再装着したスパークプラグにハイテンションコードを接続し、イグニッションON。 エンジンは正常に始動しました。 クラッチハウジングからのエンジンオイル漏れはトランスミッション側のクランクシャフトオイルシール破損の意味します。 異音と異常振動が発生しないのでベアリングは大丈夫(たぶん)。 |
累積走行は148197km (2011年12月) |
この間の走行は1032km (2011年12月) |
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これは三弟の慎重な運転と適切な緊急回避処置のおかげか? あるいは高野山の奇跡と言うべきか。 レブリミットまでの無負荷状態の空吹かしで、メインベアリングやコンロッドベアリングやカムベアリングが正常であると断定することはできません。 ベアリングの焼付やシャフトの損傷を考えていた私は、しかしながら、エンジン異音が発生しないという事実に複雑な気持ちで直面しています。 仮にエンジントラブルが2006年9月と同等レベル(メインベアリング焼付き/コンロッが破損/クランクシャフト変形)であるならば、私がとるべき行動は単純明快でした。 なぜならばシャフトの精密加工やベアリングサイズの変更は正規の整備士教育を受けていない私にとっては荷が重すぎるからです。 オイルシールの破損だけならばなんとかできるかもしれません。 |
メインベアリングやオイルシール交換は私には未知の領域 (2011年12月) |
2組のガスケットキットとオイルシール (2011年12月) |
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| うううぅ、いったいどうすればよいのだろうか。 「ねぇ、遅くまでなにしてるの、まだ寝ないの?」 ガスケットとオイルシールのストックを整理しながらヘインズのワークショップマニュアルを見ていた私はあわてて振り向きました。 私の肩越しに家内がワークショップマニュアルを覗き込んでいます。 「昼寝したから元気なんでしょ。」 「いや、あの、その、あはは、これはびっくり背後霊か?」 「失礼ね。 もう寝なさい。」 |
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149)はじめての作業領域 2011 公道を走行することができるMGB2台の編成を見直して1台にする場合、1980年式MGB(KH◎A)の登録を抹消して廃車、1974年式MGB(KH◎N)の登録は維持することが素直な選択です。 車両仕様の変更申請を前提に1980年式MGB(KH◎A)か1974年式MGB(KH◎N)のいずれか1台の登録を維持する場合、選択肢は次のとおりです。 @ボディはクロームバンパーまたはラバーバンパー。 AキャブレターはSUツインまたはSUシングル。 Bトランスミッションは4速または4速+電磁式OD。 そしてCエンジンは18Vのみ。 1980年式MGB(KH◎A)の次回の継続車検は2013年です。 登録を抹消する/しないにかかわらずエンジントラブルがオイルシールの破損だけかを調べる時間は充分にあると考えて、エンジンとトランスミッションを取り外すことにしました。 私にとってはじめての作業領域です。 |
(2011年12月) |
(2011年12月) |
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準備と後片付けの所要時間を差し引くと 正味作業時間は60分程度です (2011年12月) |
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ヘインズのワークショップマニュアルによれば、アッセンブリーでエンジンとトランスミッションを車体から取り外すのがMGBの標準的な作業手順です。 主要作業は大別して、電気系統・燃料系統・冷却系統・潤滑系統の各接続の切り離し、ラジエターとキャブレターの取り外し、マフラーとエキゾーストパイプの取り外し、そしてプロペラシャフト分離の4項目に分類することができます。 12月中旬の週末の天気は快晴。 1980年式MGB(KH◎A)をリフトアップ。 バッテリーのマイナスターミナルから配線ケーブルを外して準備完了。 まずはプロペラシャフトの分離から。 トランスミッションのドレインプラグは19mm、プロペラシャフトのボルトとナットは13mm。 私はハンドツールのサイズを確認して作業を開始しました。 しかしながら、なにかとあわただしいのが12月。 週末のショッピングや30分の有酸素運動に加えて、庭の掃除、ガラス拭き、台所の換気扇や風呂場の清掃・・・。 春先や秋口と異なり夜間作業や陽がかげる午後の作業は、軟弱者の私には寒すぎます。 それゆえ晴天の週末の自由時間は午前中の約2時間程度、しかも着替えや工具の準備や後片付けの時間を差し引くと作業時間は正味60分程度です。 第1日目に実施することができた作業は、トランスミッションオイルの排出とプロペラシャフトの取り外しの2項目だけでした。 |
1962年9月 2012年はMGB50周年 (2011年12月) |
自宅の庭のモミジの木 家内いわく 知らないうちに生えてきた (2011年12月) |
グリーンとホワイトとレッド 家内にとって恐怖のMGB3台編成 (2011年12月) |
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| 「白のMGBから外したんだ。 これがプロペラシャフト。 エンジン回転をリアアクスルに伝達する重要部品だよ。」と私。 「魚の背骨みたいなもの?」と家内。 週末のショッピングから1974年式MGB(KH◎N)で自宅に戻った私たちの会話です。 来週はクリスマス、そしてその翌週は大晦日と元旦。 ラジエターやマフラーの取り外しは来年です。 夕食後、私はユニオンジャックとメキシコ国旗を取り出しました。 「来年はMGB50周年だからユニオンジャック、 還暦記念の赤のMGBのかわりにメキシコ国旗だ。 お世話になったメキシコとメキシコMGカークラブに敬意を表してね・・・。」 |
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150)遅々として作業はかどらず 2012 |
この4時間後1980年式MGB(KH◎A)は エンジンオイル切れで自走不可能 (2011年11月) |
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2012年の最初の週末の作業結果 エンジンサポートバー (2012年1月) |
センタークロスメンバー ペイントで車両フロントをマーキング (2012年1月) |
マフラーと エキゾーストパイプ (2012年1月) |
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1月中旬の週末の作業結果 オルタネーターとスターターモーター (2012年1月) |
トランスミッションクロスメンバー 右のマウントラバーは要交換です (2012年1月) |
補助灯とブラケット フロントバンパーにフロントエプロン (2012年1月) |
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| 1980年式MGB(KH◎A)からエンジンとトランスミッションを取り外すための準備作業です。 プロペラシャフトは2011年12月に取り外しました。 年末年始の休暇中に中断した作業を1月初旬の週末に再開。 マフラーとエキゾーストパイプ、センタークロスメンバー、そしてエンジンサポートバー。 1月中旬にトランスミッションクロスメンバー、スターターモーター、オルタネーター・・・。 |
1980年式MGB(KH◎A)の作業を済ませて 1974年式MGB(KH◎N)で週末の外出 (2012年1月) |
1974年式MGB(KH◎N)に小さなトラブル発生 シガレットライター照明が点灯しません (2012年1月) |
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| 週末の午前中の私の自由時間は、家内が掃除と洗濯を済ませて外出の準備を整える約2時間です。 天気は快晴、無風状態。 まぶしい朝の陽光をあびながらの作業は、予想に反し、暖かくてすこぶる快適です。 しかしながら準備にも時間をとられるので正味の作業時間は短く、期待に反し、1980年式MGB(KH◎A)の進捗はおもわしくありません。 おまけに1974年式MGB(KH◎N)に小さなトラブルが発生。 シガレットライターの照明が点灯しません。 |
接触不良か球切れと考えましたが・・・ バルブソケットのリード線の断線が原因です (2012年1月) |
バルブは正常でした リード線を補修してビニールテープで絶縁 (2012年1月) |
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シガレットライターソケットに装着します (2012年1月) |
修理作業はひとまず終了 (2012年1月) |
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照明の点灯を確かめて作業完了 (2012年1月) |
冬期は熱を吸収するブラックの幌が快適です (2012年1月) |
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| 「あぁ、もっと時間がほしい。」 3月や4月の気候であれば夜間作業や陽がかげる午後の作業も苦にならないのに・・・。 やるべきことがわかっていながら時間の制約をうけて思うように進捗しない1980年式MGB(KH◎A)の準備作業。 「MGBもう終わったの? 洗濯まだ終わらないのよ。」 取り外したシガレットライターと電装品用の工具箱を手にリビングルームに戻った私に、こたつ/みかん/テレビの家内が尋ねます。 「今度はこれを修理するんだ。 ほかにトラブルがなければ60分以内に外出OKだよ。 」と私。 「お茶?」と家内。 「お茶よりコーヒーがいいな。」 お茶もいらない。 お酒もいらない。 今の私は時間がほしい。 |
1974年式MGB(KH◎N) これがなければ私たちは「足なしのミコトと足なしのツボネ」 (2012年1月) |
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| シガレットライターをセンターコンソールに装着して配線を接続し、照明の点灯を確認して作業は完了しました。 ついでに1974年式MGB(KH◎N)のベージュの幌を、太陽熱を吸収して冬期は快適なブラックの幌に交換しました。 これにて外出準備は完了。 しかしながら結局1980年式MGB(KH◎A)の準備作業は手つかずです。 当分の間ツーリングや宿泊をともなう旅行は望むべくもなく、1980年式MGB(KH◎A)集中作業の最後の希望は4月5月の連休か? それとも8月の夏季休暇か? |
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151)32年目の不安 32年の歳月 2012 |
自宅リビングにてリンケージやインシュレーターの仮組み作業中 こたつ左端のリモコンと紅茶とヨーグルトは家内のテレビ観賞必需品 (2012年2月) |
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| 2012年2月の中旬にラジエターや排気マニホールドを1980年式MGB(KH◎A)から取り外しました。 プロペラシャフトを分離したのは2011年12月、週末の作業時間は正味1時間程度。 主要コンポーネントの取り外し作業に約2ヶ月を要しました。 シフトノブの分離やクラッチのレリーズレバーのリンケージ分離の作業は残っているものの、所期の準備作業は終了したとみなすことができます。 |
(2012年2月) |
(2012年2月) |
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クーラーのコンデンサー(中)と電動ファンガード(右) (2012年2月) |
SUキャブレターとリンケージとエアクリーナー (2012年2月) |
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錆びたスタッドとナットのため分離不能 (2012年2月) |
左はラムフローのエアクリーナー (2012年2月) |
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| ヘインズのワークショップマニュアルによれば、MGBのエンジンとトランスミッションの取り外しはリフトアップ方式です。 そのためにはチェーンブロックとポータブルクレーンを準備する必要があります。 さらにエンジンを固定するスタンドとアタッチメントも、準備することができるのであれば、手配すべきかも知れません。 オイルシールドリフトは必要か? プーラーはどうなのか? 必要な特殊工具は入手できるだろうか? パーツクリーナで洗浄した吸気マニホールドとSUキャブレーターをリビングルームに持ち込んで、私はリンケージやインシュレーターの仮組み作業。 外出の準備を済ませた家内はテレビのバラエティー番組を見ながら私の作業が終わるのを待っています。 |
配線やホースやパイプにスカイブルーのテープを巻いて 各々の接続を油性インクで記入してあります (2012年2月) |
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| エンジンとトランスミッション取り外し作業はどうやってすすめようか。 オイルシールを上手に交換することができるだろうか? そもそもオイルシールの交換だけでOKか? メインベアリングは大丈夫か? 理想を追求するに際限なしとか、欲を言えばきりがないとの言い回しのとおり、どうすべきか迷います。 SUキャブレターのリンケージ仮組み作業中の私の手は、とまりがちでした。 1980年にMGBに乗り始めてから今年で32年。 事前にあれこれ思い悩むより、その場で考えた方が良い結果を得られる場合が多かったのも、まぎれもない事実です。 「そう、きっとなんとかなるだろう。 たぶん・・・。」 SUキャブレターと吸気マニホールドの仮組みを終えた私は、家内をうながして1974年式MGB(KH◎N)で外出しました。 ターゲットは胡椒とシイタケとキャベツとアサリ。 家内が予定する夕飯のメニューは茶碗蒸しに回鍋肉にアサリの味噌汁です。 「うん大丈夫。 自信はないけれどきっとなんとかなる。」 32年目の不安を打ち消す32年の歳月。 ひとつのものを使い続けることをMGBで学んだのだから。 |